世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1025
世界経済評論IMPACT No.1025

バノン的なものの逆襲は,あるか?:米中激突の予感

吉川圭一

(Global Issues Institute CEO)

2018.03.12

 トランプ氏は中国との安全保障上の問題から鉄鋼の輸入等に高い関税を掛ける政策を発表した。それは日本経済への悪影響も懸念される。だが米国の鉄鋼輸入に中国の占める割合は2%程度とも言われていて,これは国内の雇用を守ることが目的だと言う説もある。だとしてもグローバル経済エリートより,額に汗してモノ創りを行い米国社会を下支えする人々を守ると言う発想である。

 この発想の提唱者バノン氏は完全失脚後も幾つかの新団体を立ち上げる準備中だが,その中の一つは中国やイランの脅威を喧伝する目的のものである。彼の完全失脚自体が『炎と怒り』と言う本の問題は契機に過ぎず,彼が応援して共和党の予備選で主流派系候補を倒した人物が,本選で民主党に敗れる現象が相次いだため,トランプ氏も彼らの後ろ盾のマーサー氏も,とりあえずバノンを斬ると言う判断が先にあったのではないかとも思われる。だがバノンが全てを奪われた後も,共和党予備選で主流派系候補者が,極右系候補者に敗れる現象は続いている。

 バノン氏に象徴される「トランプ主義」は,現状では生きているのである。

 鉄鋼関税の問題に抗議してグローバル経済論者コーン国家経済委員長が辞任を表明。バノン氏とも近しかった対中強硬派ナヴァロ通商製造業政策局長官が昇格すると言う情報もある。コーン氏はクシュナー氏の元上司だった関係で政権入りしたが,クシュナー氏の最近の影響力低下は甚だしい。いわゆるロシア疑惑だけではなく,最近は政権入り後に彼の会社が莫大な借入を行ったことも問題になっている。セキュリティ・クリアランスまで見直され,重要な外交関係の会議にも出席できなくなっている。

 この見直しはケリー主席大統領補佐官が行ったもので,トランプ氏はケリーの解任も考えていると言う説もある。ケリー氏はトランプ政権が余りにまとまらないことが共和党主流派から問題にされたためホワイトハウス入りした。だがバノン氏を斬ってからのトランプ氏と共和党主流派の関係は概ね良好である。それならばケリー氏の役割は終わったとも考えられる。

 彼と同じ軍部出身のマクマスターNSC担当大統領補佐官に関する解任の噂は,より多い。実は軍人こそが最も戦争を嫌う。部下を戦死させたくないからである。また冷戦時代の印象が強いためか,ケリー,マクマスター両氏とも強硬な反ロシア派である。

 マクマスター氏の後任に取り沙汰されているビーガン氏は,ロシアともパイプを持つ元NSCスタッフである。他に超保守派ボルトン元国連大使の名前も出ているが,彼は実は非常に常識的な現実主義者である。

 共和党の現実外交の指導者で親中派で知られるキッシンジャー氏も,最近は中国が力を付け過ぎたので,ロシアを使って中国を抑える考え方をしていると言われている。

 トランプ,バノン両氏が最初から考えていて,ロシア疑惑のため中断していた,ロシアと協力し中国や北朝鮮,イラン等を抑える政策復活の予兆が出て来ている。ロシア疑惑はクシュナーのところで止まる可能性が高い。

 彼がいなくてもロシアとの話し合いが出来るように,イスラエルとの関係強化のため,トランプ氏はエルサレム首都宣言を行ったのだろう。冷戦後のイスラエルは,ロシア系ユダヤ人が大量に入植し,米露の鼎のような特殊な立場にある。

 例えばプーチン4選を何かの形でトランプ政権が支援する代わりに中国や北朝鮮等を抑えてもらうような話し合いがイスラエルをパイプとして既に出来ているのかもしれない。

 ただロシアは,米国に対する交渉カードとして,北朝鮮,イラン,シリア等を利用してもいる。この国々の核,ミサイル,毒ガス,サイバー等の技術は,ロシアから供与された可能性が高い。

 そこで北朝鮮に米国に届くミサイルを持たせない代わりに,金正恩体制を温存するような話し合いも,米露間で出来ている可能性もある。因みにマクマスターは対北朝鮮に関しては限定的攻撃論者である。

 これは日本が永久に数百発の北朝鮮の中距離ミサイルの脅威に晒され続けるので極めて望ましくない。

 対アサド政権でも類似の話し合いが出来ている可能性もあるが,もし同政権が大規模に毒ガスを使ったりすれば話は変わることは,約1年前に証明されている。因みに北朝鮮はシリアと毒ガス開発で協力していると言う情報もある。そのような問題を梃子に日本は,米露と北朝鮮の間に楔を打ち込む政策を考えるべきだろう。

 中朝の軍事的脅威を米国が本気で抑えてくれることは日本の国益である。鉄鋼課税は,その予兆かも知れない。そうであるなら鉄鋼課税のために日本が被る経済的不利益は,我慢の範囲内ではないか? そして以上の発想はバノン氏の発案である。

 トランプ氏は2020年の再選に向けて新しい選挙参謀を雇ったが,その人物の力量も未知数で中間選挙の結果次第では,バノン復活の可能性もゼロではない。もしバノン氏の復活がなかったとしても,彼の構想した方向に今後の米国が進みそうである。そういう意味で“バノン的なものの逆襲はあるか?”の回答はYESだと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1025.html)

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