世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.960

日出ずる国から見た日没する国の夜明け:ビジネス立地としてのモロッコを考える

今井雅和

(専修大学 教授)

2017.11.27

 この夏,久しぶりにモロッコを訪れた。北アフリカの北西部に位置するモロッコやアルジェリア,チュニジアをマグリブという。マグリブはアラビア語で「日の没するところ」という意味である。面談したモロッコ人から「日出ずる国から日没する国へようこそ」といわれた。タイトルはその言葉を踏まえたものので,有望なビジネス立地の1つとしてのモロッコについて考えたい。

 「久しぶり」と書いたのは,今から30年ほど前に,駆け出しビジネスマンだったころ,モロッコを訪れたことがあるからである。かすかな記憶しかないが,埃っぽいラバトの町,なぜか滞在した(と思われる)アガディールというリゾート地,西サハラのリン鉱山,そして代理店社長宅での超豪華な夕食などが断片的に思い出される。

 昨年上梓した『新興市場ビジネス入門』(中央経済社)執筆時,編集者のアドバイスに従い,アフリカビジネスについての章を追加した。にわか勉強以前は,筆者の頭の中ではアフリカと製造業,特にハイテク製品の生産や工業製品の輸出は結びつかなかった。固定観念,不勉強,無関心に汗顔の至りであるが,アフリカも大きく変わりつつことを学んだ。モロッコはリン製品・鉱石以外に目立った天然資源を持たず,国内市場も特に大きいわけではないが,経済発展を目指し,様々な取り組みを進めている。そうしたモロッコを見ておきたいというのが,今回の訪問の目的であった。

 まずは,モロッコの今を素描してみよう。面積は日本の1.2倍(西サハラを含めると2倍),2016年の人口は3482万人,名目GDPは1036億米ドル,一人当たりGDPは3063米ドルである。これらの数値を東アジアの国々と対比すると,人口はマレーシア,名目GDPはベトナムの約半分,一人当たりGDPはタイの半分である。アジアの感覚では小国となるが,欧州,アフリカでは中規模であり,経済的離陸が始まった国と捉えることができる。

 2016年のモロッコの経済成長率は1.2%に留まったが,これは農業が12.8%のマイナス成長になったからである。降水量に依存する農業がモロッコ経済の不安定要因になっており,4%台の成長潜在力を維持できるかどうかは,農業生産の安定に依存する。農業はモロッコ経済のアキレス腱である。インドのようなグリーン革命を実現できるかどうか,今後の動向に注目したい。

 モロッコは,米国,EU,アラブ,アフリカ諸国など51カ国と自由貿易協定を締結しており,21世紀の最初の15年間で貿易量は2倍強に拡大している。スペインとフランスが2大貿易相手国(輸出の5割弱,輸入の3割弱)であるが,国内消費市場の拡大に合わせ,中国製品の輸入も増加(1割弱)している。主要な輸出品目は自動車とワイヤーハーネスなどの自動車部品で,リン製品・鉱石を抑え,モロッコ最大の輸出品目になった(全体の約4分の1)。この他の輸出品目としては衣料品が1割弱を占めている。モロッコは観光立国で観光サービスの輸出が66億米ドルでGDPの6.4%を占めるが,製造業輸出は2倍を大きく超える156億米ドルでGDPの15%を占めている(2016年)。モロッコは開放的で輸出志向の経済発展を目指しているのである。

 モロッコは外資の誘致にも積極的である。優遇税制,タンジェ,ケニトラ,カサブランカなどのフリーゾーン開設,それにハッサン2世基金による自動車,航空宇宙などの戦略産業を対象とする補助金,投資産業開発基金,輸出企業の人材育成のための助成などである。自動車・部品産業はモロッコにとって最重要産業である。ルノーは2012年にタンジェ・フリーゾーンで低価格ブランドのダチアの生産を開始した。PSAは2019年を目途にケニトラ・フリーゾーンで中近東アフリア市場への低価格車の生産を開始する予定である。これらの自動車組立工場への供給と欧州への輸出拠点として,ワイヤーハーネスなどの自動車部品の参入も多い。日本から住友電装,矢崎総業(ワイヤーハーネス),デンソー(エアコン),ミツバ(ワイパーなど)AGC旭硝子(自動車ガラス)などがモロッコに生産進出している。自動車産業の裾野の広さ,一国経済への影響力の大きさを改めて痛感する。

 この国がもう1つ戦略的輸出産業として力を入れているのが航空宇宙産業である。カサブランカ・フリーゾーンに,カナダのボンバルディアが工場を開設し(2012年),EADS/SocataもエアバスA321の胴体部分の生産を目的にカサブランカ工場の拡大を決めた。この他にも,米ユナイテッド・テクノロジー,仏サフランが航空機部品の工場を操業している。ボーイングもモロッコへの生産進出を検討しているといわれる。モロッコの航空宇宙産業は緒に就いたばかりであるが,世界的企業がモロッコを生産地として選択した事実に着目したい。将来,中進国から先進国を目指す段階に至れば,中進国の罠を抜け出すうえで欠かせない高付加価値産業となる。今後の動向に注目したい。

 次に,モロッコの立地的特長について触れておきたい。欧州そして世界とアフリカを結ぶ結節点に位置するのがモロッコである。モロッコ・ロイヤル航空はカサブランカを拠点にアフリカ54カ国中29カ国31都市をカバーしている。モロッコ人は就航先29カ国中14カ国で入国ビザが不要である。そして,ジブラルタルの対岸(海峡を挟んでわずか14Km)のタンジェには,タンジェ地中海特別庁(TMSA)が管轄するタンジェ港湾局とフリーゾーン開発局が設置されている。タンジェ港は,コンテナ,旅客,自動車輸出入,石油ガスの各ターミナルを含む2つの港(第1,第2タンジェ地中海港)で構成される。港湾の能力は900万TEU(20フィートコンテナ換算単位)に上り,すでに横浜港の扱い荷物量を超えている。世界,欧州そしてアフリカを結ぶハブ港としての機能を果たしている。

 日本企業のモロッコへの進出は,自動車部品を中心に約50社である。そして,住友電装は外資では最大の雇用主(2万人弱)であり,日本企業全体でも約4万人の雇用を創出している。ただし,日本とモロッコは投資協定と租税条約が未締結であるし,日本からはやはり遠く,地球の裏側に位置する。現在の進出企業がそうであるように,当面は欧州に拠点を有する一定規模以上の会社が欧州の子会社経由で進出するというのが現実的であろう。

 モロッコは王政をしき,このことが政治,社会に安定をもたらしている。北アフリカのなかで,ビジネス立地として可能性が高いとみられたのは,モロッコと民主化を進めたチュニジアであったが,後者はアラブの春の震源地となってしまった。その後もチュニジアでは外資による経済活動が停滞する一方で,モロッコの安定性が相対的に高まり,外資参入が進展し,生産能力の拡張のための設備投資も拡大した。

 最後に,モロッコの現状を以下のようにまとめて筆を擱くことにする。世界銀行のDoing Business2018報告書では,モロッコのランキングは190カ国中,69位とまだまだ問題山積である。それでも,これまでみてきたように,外向的で開放的な経済政策,外国企業の誘致を核に経済発展を志向する明確な方針が打ち出されていること,モロッコの立地的特徴を最大限に活用していることなど,これからが楽しみな国の1つである。欧州経済圏は,20世紀に南(南欧)へ,そして東(中東欧)へと拡大し,今後は地中海を挟んで,モロッコを中心に北アフリカを巻き込んでさらに拡大する可能性がある。10年後あるいは20年後,モロッコは北アフリカのタイあるいはシンガポールに成長するかも知れない,そうした可能性を秘めている。

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