世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.751
世界経済評論IMPACT No.751

米国大統領選が問いかけたもの:鮮明化した米国の「分断」と」「難題」

平田 潤

(桜美林大学 教授)

2016.11.14

 2016年をグローバルに振り返ってみると,まず欧米各地に頻発した「テロの脅威」や,EUの求心力が大きく損なわれた「難民受け入れ問題」,関係国/諸勢力の利害が錯綜し泥沼化が続く「中東紛争国・地域(シリア/イスラム国)問題」等が,解決のめどを見せないまま先送りされ,「構造問題化」してきた。さらに,a. 6月の国民投票の結果,英国がEUからの離脱を決定したこと,b. 米国の大統領選が,これまでとかなり異なった展開で進行し,大方の予想を覆す結果を見せつけたことは,意外性のみならず,リスクと懸念を非常に高めることとなった。国際政治/経済の将来に向けて,不確実性・不安定性を高めるような出来事や変動が,英・米といった経済が相対的に堅調なはずの国々からも新たに発信されたことは,ショックであったといわざるを得ない。

 識者の多くは,その背景なり原因として,英・米など先進諸国に共通する「経済の停滞と格差拡大」,「根強い不信と不満によるポピュリズムの増幅」,さらには,「グローバリズムの失墜」という脈絡を指摘・強調している。ここでは11月に結果が判明した米国大統領選の流れをひもとき,その過程で米国〔民〕が何を問いかけているかを類推してみたい。

 米大統領選とは,米国のみならず,世界の経済/政治/社会に最も大きな影響力を有するリーダーが,長期にわたる予備選や公開TV討論などを経て選ばれる「民主主義の現場」であり,同時に候補者が様々な視点からその資質/政策/指導力を問われ,総合力発揮を求められる一大政治イベントに他ならない。しかも最も開かれたプロセスと,政治ダイナミズムの舞台で選挙が進行する中で,米国経済社会の変化のベクトルが示されることが多い。しかし今回の選挙戦では,予想外に下記①~③が持続・展開することで,これまでとは少しく異なる「様相」が示された。そして,大統領選自体は,本選になってヒラリー・クリントン氏(民主党)とドナルド・トランプ氏(共和党)の対決と非難合戦が騒ぎ立てられる中で,求心力が急速に低下していったといえよう。

  • ①トランプ旋風とサンダース現象という,異質なダイナミズムの席捲と拡大
  • ②共和党の指導力の欠如と新リーダーの不在,混迷の持続
  • ③予備選・本選で見られた米国民の「分断」と,深刻な「排除・壁」指向

 ①では共に非主流(既成ワシントン権力構造に遠く)・アウトサイダー(トランプ氏は政治キャリアが無い)的な政治家で,当初は泡沫候補扱い・過小評価されていた。②では同党主流派が自派のトランプ氏を支持しない(あるいはできない)異例な状況が続き、③では通常であれば(大統領としての資格/資質を大きく欠くとみなされ)予備選等で淘汰材料となるはずの露骨な失言/暴言/各種差別的な問題発言が,各種「ポリティカルコレクトネス」に嫌気がさした感のある大衆に,むしろ許容された感がある。

 そうしたなかクリントン氏は,トランプ氏との選挙戦を通じて概ね優位に立っていたとみなされたが,常に様々なネガティブな材料(とくにメール事件)により脅かされ,信認を得られなかった。同候補の政策プランは当初現実的で,非常にバランスの取れたものであったが,支持層の不満に同調したTPP反対宣言など軌道修正を行い,指導力・改革力へのブレが生じ,信頼性を損なってしまった。ヒラリー氏は,「女性大統領の実現」というパイオニアを担っており,群を抜くキャリア・政治家としての実績と,優れた資質・能力・識見を有し,学習能力・柔軟性・交渉力・粘り強さ(タフネス)を持ち味としているが,そうした力量があまり評価されずに,むしろ「ワシントン既成政治家の典型」「既成エスタブリッシュメントの代弁者」「尊大なエリート」「信頼に欠ける」とのイメージがなかなか払拭できず,とくに若年層による積極的な支持を獲得できなかった。もっとも実際には,米国経済社会の底流に見られる以下(A~E)の潮流変化や「難題」に真摯に取り組み,改善・解決していく大統領として,クリントン氏では期待度が低いというのが,「不人気」の一翼を担っており,米国民のかなりの部分(とくにグローバル経済やオバマ政権の施策によるしわ寄せと困難が,雇用・賃金・移民・その他の点で「臨界点」に達していると感じ,不満を募らせている層)は,トランプ氏に「賭けた」とも見られよう。

  • A リーマンショック(2008年)以降進行している,中産階級の下方への解体現象と不安定化
  • B (反ウオール街の流れが増幅し)重要な政策課題と化しつつある「格差・不平等」問題
  • C ブッシュ〔子〕政権のマニフェスト・デスティニー的な「テロとの戦い」が失敗し,オバマ政権でも収拾がうまくいかず,依然残る「テロ犯罪」への恐怖と拒絶,「〔不法〕移民」などへの不安がもたらす「内向き指向」
  • D 医療制度改革,TPP,銃規制など,米国にとって重要な問題を巡る,国論の深刻な分裂
  • E リーマンショック以降の,政治・経済エスタブリッシュメント層への根強い不満・不信

 また逆に言えば,トランプ候補の勝利は,そうした「難題」へのアプローチが不十分な現状への中産階級を中心とした「異議申し立て」と「警鐘」とも見られよう。

 これまでの歴代で,最も実績・評価・人気が高い人物として,まず挙げられる大統領(第16代リンカーン,第32代F・ルーズベルト,第40代レーガン)は,それぞれその政権下で,様々な政策判断の誤りや失敗・失策,後退を冒しているにもかかわらず,そのビジョンの実現と大きな実績によって,米国(そして国際社会)を一歩前に進め発展させる礎を築いた。そしてそのプロセスの中では米国が直面している深刻な問題を率直に認め,困難に耐え,強い指導力を発揮し,より未来に開かれた米国建設に成功した。そうした意味で米国大統領は本質的に,将来に向けての「アメリカン・ドリーム・テラー」であり,国民を統合する(インテグレーション)リーダーシップを発揮することが,「理想形」であり,期待値も高いといえよう。

 これに対し,現在でももつれた大統領選として記憶に残る2000年の選挙で,ブッシュ〔子〕対ゴアの両候補の争いは,僅差(第19代共和党ヘイズ大統領以来ともいわれる)しかも後味の悪い結果(フロリダ州の結果を巡り訴訟で決着)となり,しかも当初は「思いやりのある保守」を標榜していた第43代ブッシュ(子)政権が,結果的に,テロとの戦い,エンロン事件,サブプライム/リーマンショックと,現在まで続く深刻な負の遺産と後遺症が残る「パンドラの函」を開けてしまった。そしてまさしくトランプ氏は,選挙戦でその言動を見る限り,「パンドラの函」そのものの大統領候補であった。2017年以降,第45代トランプ新大統領が,米国が抱え直面する難題に対してどのように舵取りしていくのか,国民の期待を背負い米国の未来への統合を説き続けたオバマ政権が挫折したなかで,果たして益々拡大する「分断」に効果的に対応できるのか,党派性と利害・金力が支配するというマイナス・イメージがつきまとう「ワシントン政治」を改革すべく,議会と協力体制を構築し新機軸を打ち立てる等,「進化」するのか,あるいは結局これまでの政治スタイルを踏襲し対症療法に明け暮れるのか,そのリーダーシップの真価が問われることになろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article751.html)

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