世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.676
世界経済評論IMPACT No.676

「資産利用型の直接投資」と「資産獲得型の直接投資」の統合

手島茂樹

(二松學舍大学 教授)

2016.07.25

 海外直接投資には,自社の保有する競争力を,海外事業で,より有効に活用するための「資産利用型の直接投資(Assets Exploiting FDI)」と,自社の持たない資産を海外で獲得し,有効に利用するための「資産獲得型の直接投資(Asset Augmenting FDI)」の二種類がある。

 前者は,Jダニングの折衷理論にみられるように,自社の固有の競争力(Ownership (O) Advantage)を,海外子会社という形態(Internalization (I) Advantage)を利用して海外の市場に適用し,海外の大規模市場や海外に蓄積された科学技術情報及び海外人材等の立地の優位性(Location (L) Advantage)を生かすことによって,O,L,I三つの優位性の相乗効果を生じ,本来のO Advantageを一層強化する,との見方である。

 一方,後者は,自社の保有しない経営資源を,海外事業展開によって確保することを通じて自社の国際競争力を強化しようとするものである。The Great Convergenceという言葉に象徴されるように,先進国の成長が鈍化する一方,新興国市場には新たなグローバル市場の可能性が高まるとき,先進国多国籍企業にとっても,後者の重要性が高まる。先進国多国籍企業は,自社固有のO Advantageへのこだわりを捨てて,投資先国の人材・市場情報等のL Advantageをフルに利用し,新興国市場をベースにした高付加価値なグローバル商品を新たに生み出す必要がある。これは新しいO Advantageを創出することでもある。バートレット&ゴシャールのトランスナショナル企業やイブ・ドースのメタナショナル企業の考え方は,これに沿ったものであろう。

 こうした「資産利用型の直接投資」と「資産獲得型の直接投資」とは,互いに,排他的または代替的なものではなく,相互補完的なものと考えるべきである。

 日本企業の海外事業展開に即して考えると,日本企業のO Advantageは,ライバル企業よりも高品質で相対的に低コスト・低価格の製品を開発し,供給することである。その背後には,日本国内の立地の優位性を生かし,日本人従業員と日本企業間の雇用関係および日本企業同士の企業取引関係に存在する「短期の機会主義的利益よりも長期安定的取引を志向する選好(「日本型選好(J選好)」)」に基づき,高品質の「複合財としての特殊品」の調達にかかる取引費用を最小化できることがある。J選好は,日本からの輸出を通じたグローバリゼーション戦略には非常に有効であるが,海外事業展開を行えば,J選好を持たない海外の人材や企業取引関係に直面して,O,L,I Advantagesを有効に生かせないという立地の不利性を生ずる。もちろん,円高や貿易摩擦を回避しつつ,投資先国を含むグローバル市場を確保するために,投資先国に立地することは,投資先国の立地の優位性をフルに生かすことであり,海外事業・海外直接投資を通じたグローバリゼーション戦略は,輸出を通じたグローバリゼーション戦略を補完する以上のものとして,必要不可欠であった。一方,海外立地に伴い,日本企業のO Advantageの根幹にかかわる,上記の立地の不利性に直面することも,十分認識されており,これに対する様々な対応策も取られてきた。投資先国が,先進国であると,発展途上国・新興国であると拘わらず,日本企業は,日本とは,いわば,正反対の事業環境,社会制度,企業文化,労働市場,海外人材の価値観等に直面し,そうした様々な経験から,多くの教訓を学び,それらを自らの経営資源として取り込み,企業組織そのものの見直し・改変も継続的に行ってきたはずである。これこそまさに,海外事業を通じて海外資産を獲得していく「資産獲得型の直接投資」そのものであり,「資産利用型の直接投資・海外事業展開」は同時に「資産獲得型の直接投資・海外事業展開」であるときにはじめて,強力な相乗効果を生ずると考えられる。具体的な試金石を例示してみよう。

 日本企業の終身雇用制,遅い昇進,退職金制度等は,上記のJ選好を強化し,こうした選好を持つ人材にフルにその能力を発揮させる制度であり,海外でも,ブルーカラーには好評であるが,ホワイトカラーには不評であるとされる。海外の高度人材獲得に当たっては,この制度課題はどの程度克服されてきたのか。

 また,日本企業は先のJ選好に基づく,取引費用の最小化システムを通じて,生産現場からの「持続的な革新的イノベーション」を得意にしてきたが,高度な海外人材も利用しながら,米国のIT企業にみられるような,「急進的な革新的イノベーション」を企業内で創発すという,日本企業組織の基本課題はどの程度,取り組まれ,成果を上げてきたのか。

 1980年代以降,40年間に及び本格化した日本企業の海外直接投資を通じたグローバリゼーション,特に,「資産利用型の直接投資」と「資産獲得型の直接投資」の「統合」の成果が,今まさに,問われている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article676.html)

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