世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.588
世界経済評論IMPACT No.588

「構造的ボラティリティ」を抱えるグローバル金融市場

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2016.02.08

 2016年初のグローバル金融市場は,金融危機さながらに雪崩を打って「リスク・オフ(回避)」に突入した。2015年末の米国FRB/FOMCによる9年半ぶりの利上げは,市場との慎重な対話を経て実施されたものの,改めて市場が抱える「構造的なボラティリティ」を浮き彫りにさせた。

 今回のグローバルマネーの激流については,①原油価格の先安を見込んだCTA(コモディティ・トレーディング・アドバイザー)に主導されたヘッジファンド等の先物売り(主要産油国間の対立非協調による生産調整不能,シェールオイルやイラン制裁解除等による供給圧力増大と中国の大幅な需要減が背景),②原油安で財政が悪化した中東諸国系SWF(政府系ファンド)を中心とした先進国株式等収益資産の大量売却,③上海株式市場急落や人民元切り下げで増大した,中国経済低迷長期化懸念,等により説明されている。また全般的潮流変化の根源として,リーマンショック以降にグローバル市場に流入していた,「米国を軸とした超金融緩和政策」による過剰流動性の巻き戻しが存在する。確かに2015年を通じて,国際金融市場が常に注目したニュースは,米国の政策決定(いつ利上げに踏み切るか)であった。リーマンショック(2008年9月)以降のグローバル金融市場は,米国が牽引する「危機管理的」超金融緩和政策によって,実質的に支えられてきたからである。振り返ると,米国サブプライム危機(2007~8年)・リーマンショックは,国際金融市場に波及拡大し100年に一度の金融危機と称されたが,その本質は90年代以降2000年代前半に発展・確立した「グローバル金融レジーム」に生じた「構造危機」であったと考えられる。そして90年代に始まった金融革新とは,以下(①~⑤)にみられるような金融プラットフォーム革新であり,グローバル経済下でICT革命と結びつくことにより,その成果が短期間に活用されグローバルスタンダード化することで,グローバル金融の世界を席捲・レジーム化するに至った。

  •  ①金融仲介手段/媒体のモジュール化
    ←各種ファンドやSPC,SPIの発展・複雑化
  •  ②金融商品の高度化
    ←デリバティブの飛躍的発展,金融工学を駆使したハイテク化
  •  ③金融市場取引の加速/グローバル化
    ←金融取引・決済の大規模化・超高速(HFT)化
  •  ④高度なリスク管理体制の構築
    ←巨大/有力金融機関のリスク管理システム精緻化
  •  ⑤金融商品価値のリアルタイム把握
    ←時価評価体制へのシフト加速

 グローバル金融市場とは,様々な金融プレーヤーが,瞬時に流動性を移動させかつ価格形成を行える金融取引の場/ネットワークであり,そこでは欧米を中心とする有力金融機関がVaR(バリュー・アット・リスク)に始まる精緻なモデルと,高度な金融技術に基いた管理システムによりリスクへの防御を徹底しつつ,一方でICTを駆使しデリバティブ等による金融イノベーションを進める金融革新の場とされた。他方強化された国際規制(バーゼルⅡ)や,市場との対話に積極的な金融当局(FRB等の中銀),格付機関などの「最安価危機回避者」を擁することで,グローバル金融市場のプラットフォームに,市場メカニズムがこれまでになく効率的に働く,安定したアーキテクチャーを構築し得たと考えられた(グローバル金融レジーム)。確かに2000年代半ばに唱えられた「グレートモデレーション」「ゴルディロックス経済」等は,「見えざる手」というより,上記のアーキテクチャーへの信頼・信認の上に成り立ったとも考えられる。しかし今回のサブプライム危機——とくにリーマンショックは,このような金融レジームに対する深刻な「信認低下」をもたらした。これに対して震源地米国では政府・FRBによる一連の金融政策/公的資金導入/財政支出により,深刻な危機・連鎖伝搬を食い止めることに成功した。しかし米国から各国の金融/経済に波及した様々な負の遺産や,危機管理政策による副作用は,グローバル金融市場の安定性を揺るがす問題を残し,多くの重い課題を投げかけている。しかも米国による新たな金融規制レジーム〔銀行規制,レバレッジへの制約等が中心〕が,グローバル金融市場でプレゼンスを飛躍的に高めてきた各種ファンド,SWF,年金基金などへの指南力があるのか定かではない。

 現在グローバル金融市場では,リスクオン・リスクオフの頻繁な変動が恒常的になっており,グローバルに取引される株式・債券・通貨・原油等といった金融・商品資産の価格やアセット・アロケーションが,その実需の動きや資産自体のリスクとリターンに基づく価格変動メカニズムだけでは全くボラティリティの説明ができないという事態がまさに常態化しつつある。

 そして超金融緩和という危機管理体制が長期化したなかで,以下4つのいわば「構造的」ともいうべきボラティリティ要因がますます拡大しつつあると思われる。 1.複雑/重層化するリスク環境に対して,市場でこれに対応する「最安価危機回避者」の後退・弱体化 2.事実上のマーケットスタビライザーの変調やミスマッチ〔期待外れ〕な金融行動

 リーマン・ショック後続いた超緩和局面で,資源価格を押し上げてきたマネーの流れが急速に逆転する中,原油生産/市場価格への影響力が最大であるサウジアラビアは当初,自国の戦略的優位性保持の見地から,底割れする原油価格に歯止めをかけるグローバルな生産調整等には応じなかった。一方世界経済成長に大きな比重を持つ中国は,景気減速への政策や市場〔株式や通貨〕への対応について,透明性が不十分な対応と政策決定(及び変更)を行ったことで,市場に不安感を増大させ,しかも中国需要に依存度を増しつつある途上国経済・金融市場へのダメージを増幅する結果を招来した。 3.金融市場に生じるマクロ・ミクロの「プロシクリカリティ(Procyclicality)」の席捲 4.グローバルな経済・金融の「弱い環」に存在する潜在的流動性危機

 さて1月も終わりを迎えて,日本銀行が新たな金融緩和政策として日銀当座預金へのマイナス金利導入に踏み切った。欧州ECBも追加金融緩和を検討していると伝えられるなか,金融市場はリスクオンに戻ることが期待されている。こうしてみると,現在「構造的ボラティリティ」を抱えるグローバル金融市場は,危機予防・管理面では「中央銀行等各国金融当局」の「見える手」に益々依存しつつあるといえよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article588.html)

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