世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4236
世界経済評論IMPACT No.4236

トランプ政治の全面展開と深まるヨーロッパ統合

児玉昌己

(久留米大学 名誉教授)

2026.03.02

 トランプ政権は第2期目が1年を過ぎ,5年目を迎えたウクライナへのロシアの侵略と合わせて,それまでの国際政治経済の有様を全く変えてしまった。実際,それまでの国際政治経済の教科書は,過去を観るためには有益であっても,2026年現在展開されている国際政治情勢を知るには全く役に立たない。それほどにも,国際政治情勢は一変しているのである。

 実はトランプ政治の全面展開は,単に国際政治の局面のみならず,反移民,国家至上主義という同一のロジックに基づき,国内政治においても,同時並行的に進行し,新規に設けられた移民・関税執行局(IEC)の市民射殺に見られる国内の異常,異様なる分断を招いている。

 米国の国内政治へのトランプ政治の影響については,その専門家に譲るとして,筆者が専門とするヨーロッパ政治との関連で,トランプ政治の特異性について以下,概観してみたい。

 トランプによるアメリカ・ファーストの国際政治への影響は国連システム,WTO,NATOの3つの点で顕著に表れている。確かにWTOも国連システムの一部ではあるが,ここでは別に扱うこととする。

1 国連システムからの離脱

 米国の国連システムからの離脱は66に及ぶ。内訳では国連機関が31,非国連機関が35である。理由は,これらが「米国の国益に反する」というものであった。

 主要なものをあげれば,気候変動に関するパリ条約,ロシア連邦との中距離核ミサイル全廃条約,国連教育科学文化機関(ユネスコ),国連人権理事会(HRC),世界保健機関(WHO),気候変動に関する政府間パネル(IPCC),国連女性機関(UNウィメン),国連貿易開発会議(UNCTAD),国連経済社会局(UN DESA),国連人間居住計画(UNハビタット)などが挙げられる。

 更に,中東でのハマス壊滅の名のもとに行われたイスラエルによる無差別爆撃でガザは灰燼と帰したが,同地の復興の名の下に,平和協議会がトランプの手で組織された。これは国連に取って代わるものとして意図され,世界各国に参加が呼び掛けられている。驚くべきは,パレスチナ難民の去就には答えず,中東にリゾートで名高いリビエラを生み出すというものであった。

 現在参加国の多くが権威主義的国家であり,英,独,仏,伊は参加を否定し,EUは欧州委員会がオブザ―バーとして参加を表明した。第2次大戦後の平和維持として機能してきた国連秩序を全否定する動きである。

2 世界貿易機関(WTO)体制への挑戦

 アメリカ・ファースト主義の関税部門における影響の予兆は,2017年1月署名の環太平洋パートナーシップ協定TPP交渉離脱に見られた。

 本稿では欧州政治の専門家として,関税部門でのトランプ政治の欧州政治への影響を2点触れておきたい。

 第1は関税交渉で,米EUの対立が顕著になっていることである。関税を含む通商権限は,加盟国ではなく,以前からEUでは欧州委員会が掌握してきた。即ちトランプが,圧倒的優位性から日米,米韓,米中,米加,米ロというように2国間の枠組みで法外な要求を突き付け,一方的に関税率を政治化させてきた。だが,ことEU加盟国についていえば,関税部門では2国間関係にはなりえない。実際,EUを離脱したイギリスを除いて,米独,米仏,米伊という2国間での交渉にはなっていない。EUの条約上,米 vs.EUとなっている。即ちアメリカは27のEU加盟国を一体として交渉相手にせざるを得ない。

 それは以下の事例にもみられる。トランプがNATO加盟国にたいし,GDP5%の軍事費増を主張した際,これを一蹴したスペインに対して,報復関税を言い出した(注1)。これを受けて,わが国の論者の中に,「スペインの孤立」を言うものもいたが,関税権限を掌握するEUへの無理解というべきだろう。実際,孤立どころか,EUは即座に欧州委員会がスペインと共にある旨明らかにした。報復関税も個別EU加盟国ではなく,EU加盟27カ国を束ねるEUの権限下に置かれているのである。ここにも,EUの特異性とEUへのトランプの無知,無理解が露呈している。トランプは,自身が理解できないことには彼は強い嫌悪と反発を示す。

 トランプのEU認識を言えば,2025年11月に出されたアメリカ国家安全保障戦略(NSS)の文書で,国際関係の主体は主権国家にあり,この国家の主権的権限を国際機関が「簒奪」(sapping)しているとの認識をEUを名指しこそしなかったが,披歴している(注2)。

 すでに欧州経済共同体創設から70年経てEUは27カ国,4億5千万人が一体化しており,トランプの意図にかかわらず,,関税については,EUが交渉相手となっているのである。

 第2に指摘すべきは,2026年2月20日に米連邦最高裁判所が相互関税について,テロなどを対象とした国際緊急経済権限法(IEEPA)での関税賦課に大統領権限はなく,関税権限は連邦議会の専権的事項と判示したことである。トランプが偏愛する関税政策の根幹部分に司法が待ったをかけたのである。トランプ関税は,相互関税と,各国関税,部門別関税に分類されるが,前二者について違法とされた。

 トランプは最高裁の判事らを恥知らずと非難した後,通商法222条で150日の期限付きで,世界各国に10%の課すとし,一日もたたないうちに15%へ引き上げられた。まさに自民党の税調会長が指摘したように無茶苦茶である。看板政策に泥を塗られた証左だろう。

 日系企業を含む原告側は納付した最大30兆円ともいわれる関税の返還を求める訴訟を進めている。当面今回の原告の豊田通商,リコーなど日系9社は判決を受け,返還訴訟を加速化するであろう。元来,トランプによる国際経済秩序の破壊は,関税であれ,移民政策であれ,行政命令である「大統領令」で進められてきた。すなわち三権分立の1つ連邦議会を無視して進められてきた。この判決については,「どうせトランプは次の手を打ってくるさ」という消極的反応もある。が,そうではない。

 アメリカ合衆国が建国以来確率してきた三権分立が再度確認されたことが重要であり,再認識されるべきである。今後のトランプ政治の推進にあって,ボディブローとなると指摘したい。

3 NATO,欧州防衛への影響

 トランプの秩序破壊は,対外政策にも顕著に表れている。

 EUはロシアのウクライナ軍事侵攻と米国のNATO離れを契機に,22年の2倍の70兆円の軍事費を支出している。また加盟国間での人の移動の自由を実現したシェンゲン協定になぞらえ,EU全域での部隊や軍事装備の輸送を迅速化する「軍事シェンゲン」を2027年までに創設する法案や,人工知能(AI),量子技術,サイバー技術,宇宙関連システムなどの破壊的技術(disruptive technology)を開発する「EU防衛産業変革ロードマップ」を明らかにしている(注3)。

 実際,西欧でロシアと国境を接するのはノルウエー,フィンランド,エストニア,ラトビア,ポーランド,ウクライナであり,さらにウクライナと国境を接する国はハンガリー,スロバキア,ポーランド,ルーマニア,モルドバと5カ国がある。

 特にウクライナがロシアにより陥落すれば,次はポーランドで,ポーランドが落ちればEUの大国のドイツが直接の脅威に曝される。フィンランド,エストニアについても同様に,周辺のEU加盟国に脅威をもたらす。

 話はこれで終わらない。トランプの新帝国主義を想わせる事態が公然化した。すなわち100名余の民間人の死者を伴うベネズエラへの米国の軍事攻撃とマドゥロ大統領の捕縛がそれである。攻撃の表向き理由は麻薬輸出の根絶としているが,トランプ自身が公言したように,世界最大の石油利権を手中に収める意図を持つものであった。主権国家へのこの公然たる軍事攻撃はEU側に衝撃を与えた。特にグリーンランド軍事占領の意図も明らかにしたことで,一気に緊迫した。

 グリーンランドを保護領とするデンマークはもとより,近隣のEU諸国に脅威を与える。このため,NATO加盟の欧州の主要諸国は小規模ではあるが,イギリスを含む独仏,北欧など8カ国が同地に派兵する事態となった。

 周知の如く,NATO条約第5条は集団的自衛権の行使を規定している。もしトランプが中国やロシアの影響を考慮してという理由で,グリーンランドに軍事攻撃をすれば,NATO加盟国が一致して軍事行動を米国に行うという,前代未聞の事態を引き起こすことになる。カナダはグリーンランドの首都ヌークに領事館も開設した。この影響は,欧州の軍事的一体化へ作用している。

 ナチスの暴虐と無残な敗戦以降,わが国同様,80年にわたり軍事的役割を抑えてきたのがドイツである。しかし,ドイツは,今や欧州防衛で指導的役割を果たすとメルツ首相がミュンヘン安保会議で語るまでに至った。すでにドイツは同国史上初となるリトアニアへの5千人規模の部隊を2025年5月派遣している(注4)。さらに国家の軍事主権の最も核心的部分である核による防衛について,同じく,ミュンヘン安全保障会議でフランスとの共有化を打ち出した(注5)。

 元来EUは,経済共同体として発足したが,米国のNATO離れが深刻化するのに合わせて,EUがその代わりとなりつつある。スウェーデンとフィンランドの加盟で,NATOとEUの加盟国は「同期化」しつつあり,EU加盟国でNATO加盟国でないのは,アイルランドやオーストリアなど5つの小国である。

 軍事的統合はEUの全般的統合にも波及している。既に2026年からブルガリアがユーロ発行国となり,スウェーデンもユーロ加盟の国民投票の検討にはいった。また2016年の離脱の国民投票から10年の時を経て,イギリスのスターマー労働党政権はEUへの復帰も展望し,EUとの連携強化を加速しつつある。またEU加盟候補国認定を受けたモルドバは,サンドゥ大統領の下,ルーマニアとの再統一ための国民投票の検討に入っている。

 トランプ関税による締め付けでは,EU加盟国内の親トランプ勢力である,ドイツのAfDやフランスのルペンの国民連合,さらにはファラージの英改革党なども自国の国益を無視できない。

結 論

 トランプの秩序破壊は,世界的影響を持つが,ことヨーロッパについていえば,プーチンのウクライナ戦争,グリーンランド軍事侵攻の動きと合わせて,ヨーロッパ統合をさらに深化させているといえる。

 10年前,英保守党によるEU離脱の国民投票に触発されて,わが国でも「ヨーロッパ統合の終焉」や「ユーロ解体」が声高に一部識者によって語られた。しかし,中国の覇権主義と,プーチン・ロシアとトランプの米国の帝国主義的指導者の行動を前にして,EU解体とは真逆のベクトルで,EUはヨーロッパ統合の強化と深化を生みつつあるとして小稿の結論としたい。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4236.html)

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