世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
経済安保の前線に立つ「華人系米国人経営者たち」:AI・半導体覇権を巡る相克と戦略
(甲南大学 名誉教授)
2026.01.19
今日,世界経済と安全保障の議論において,AI(人工知能)と半導体は国家の命運を左右する「最重要戦略物資」となった。米中覇権争いが激化し,地政学的な断層線がハイテク産業を引き裂こうとするなか,米国側の陣営で指揮を執るプレーヤーの顔ぶれを見ると,示唆に富む事実に行き当たる。国の競争力を牽引し,対中戦略の最前線に立つ企業経営者の多くが,華人系米国人(Chinese Americans)であるという点だ。
新冷戦時代といわれる現在,華人系米国人経営者たちは出自や世代,ビジネスモデルの違いにより対中距離感は一様ではない。しかし,AI・半導体産業を牽引する経営者の言動を分析すると,そこには共通する「華人の知性」が描く,多層的で強靭な地政学戦略が浮かび上がる。
アレクサンダー・ワン:国家安全保障を担おうとする「Z世代の鷹」
まず注目したいのは,AI界の寵児として知られるスケールAI(Scale AI)共同創業者,アレクサンダー・ワン(Alexandr Wang/汪滔)だ。弱冠29歳の彼は米国籍の二世である。
ワン氏は,AIモデルの学習に不可欠なデータのラベリングや加工を高度化するプラットフォームを構築し,軍事・インテリジェンス分野におけるAI活用の基盤整備に関わってきた。だがここで特筆すべきは,その鮮明なアイデンティティと政治的スタンスである。
中国から移住し米政府系機関で働いた両親を持つ彼は,自身が「米国人」であることを公の場で繰り返し強調し,自由民主主義の守護者としての姿勢を隠さない。
2023年の米議会委員会での公聴会,そして2025年のトランプ大統領への公開書簡において,彼は「アメリカはAI戦争に勝たなければならない」と訴えた。中国によるAIの社会統制や軍事転用の脅威を具体的に示す彼の姿は,企業経営者という枠を超え,戦略家の風格すら漂わせていた。
中国での生活経験を持たない彼にとって,中国は「ルーツ」というより,自由な競争を脅かす「ライバル」だ。2026年現在,彼はMetaの最高AI責任者として「超知能(Super Intelligence)」の開発を指揮しているが,その根底には,AIの技術的優位を米国の自由主義を守る「盾」とする明確な意識があるようだ。
ジェンスン・フアン:規制の狭間で揺れる「市場主義者」
ワン氏のような直截的な姿勢とは対照的に,複雑な舵取りを迫られているのが,エヌビディア(NVIDIA)を率いるジェンスン・フアン(Jensen Huang/黄仁勳)氏だ。台湾系米国人である彼は,現代AI革命の「心臓」であるGPUの覇者として,世界のパワーバランスを左右する存在となっている。
フアン氏にとって中国は,安全保障上の「懸念対象」であると同時に,収益を支える「巨大市場」でもある。米政府による度重なる対中輸出規制に対し,エヌビディアは中国市場での影響力維持を訴え,中国専用仕様の製品を矢継ぎ早に開発するなど,執念ともいえる対応を続けてきた。
だが,現実は厳しい。米国当局が規制を強化する一方,中国側はエヌビディアに「バックドア不在証明」を求め,国内企業には国産チップの使用を促す政策を打ち出している。
フアン氏が直面する苦悩は,米中デカップリングが「相互依存の合理性」を崩していく過程の縮図である。市場原理を優先したい彼であっても,最先端技術を持つがゆえに,国策と地政学の波に翻弄されざるを得ない。
モリス・チャン:シリコン・シールドを超える「戦略設計者」
この相克の構図を俯瞰し,構造的に捉えてきたのがTSMC創設者,モリス・チャン(Morris Chang/張忠謀)氏である。中国大陸に生まれ,米国で教育を受け,米半導体大手でキャリアを積んだ彼は経営の第一線を退いた今も,その影響力は絶大だ。
TSMCを象徴する「シリコン・シールド(半導体の盾)」という概念は,安全保障をも意識したものだった。しかしチャン氏は台湾を基盤としつつ,米・日・欧への拠点分散を戦略的に進め,TSMCをより広い世界において「不可欠な存在」へと昇華させた。
ワン氏のような直接的な政治発言を避け,フアン氏のような市場への執着を見せつつも,チャン氏は中国の本質とグローバル経営の本質をより正確に捉えていた。供給網をいち早く再編するその手腕は,華人経営者が持つ長期的かつ多角的な視点の結晶である。
地政学的インテリジェンスを経営の核心に
本稿では上記三氏を取り上げたが,インテル,AMD,ブロードコムなど,米国半導体産業の頂点には多くの華人系経営者が立つ。米中デカップリングが加速するなか,彼らに共通して見えるのは,ルーツ,国家,グローバル市場という相反するベクトルのなかで最適解を導く「高度な地政学的インテリジェンス」である。
彼らは単なる技術者や経営者ではない。先端技術をいかに国家の力(ナショナル・パワー)へ転換し,同時に企業の持続性を確保するかという,政治・経済の複合方程式を解こうとしている。
技術や資本の論理だけでは世界は動かない。経済安保が経営の前提となった今,日本企業もまた,自らの立ち位置を再定義し,強靭な戦略を構築すべき時期に来ている。
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