世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプの半導体関税による台湾への影響:TSMCを中心に
(九州産業大学 名誉教授)
2025.08.25
トランプ大統領の関税政策
今年1月にトランプが2期目の大統領に就任したあと,この半年余りの間に,取引(ディール)重視の関税政策を進めた。自国中心のMAGA(Make America Great Again)をスローガンに,米国と諸外国との貿易赤字の改善に傾注した。
この中で,半導体に関わるトランプ大統領の政策は,①1962年成立の米通商拡大法232条に基づき,半導体の対米輸入関税を100%とする(300%の関税賦課も示唆)。②米国における半導体製造の工場建設を奨励する。その場合,当該企業の半導体関連製品の輸入関税を免除する。規定に違反した場合,過去に遡り関税をかける。③その意図は,半導体生産ラインの米国での復活と失業率の低減を図ることにある。④TSMC(台湾積体電路製造)の対米投資についてトランプ大統領は「2000億ドル」と発表した(TSMC側は1650億ドルの承諾で,2000億ドルとの約束はしていないと発表)。
この発表により,日韓台など世界の半導体産業の版図に大きな影響を及ぼす可能性が高まり,今後の趨勢が注目される。
台湾企業の反応
本稿では,上述のトランプ2.0(第2期政権)の半導体政策の反応について,TSMCにターゲットを絞り概観する。TSMCはトランプ1.0時に米国での工場設立を要請され,バイデン政権時代に半導体製造工場をアリゾナに設けた。その後,第2工場や第3工場の増設を次々に発表してきた。TSMCにとってトランプ大統領の要請に応えることは,対米輸出の関税対策の唯一の解になろう。
TSMCはアリゾナ工場で4nm~5nm(ナノメートル)の半導体チップを量産している。しかも今後数年にわたり6つの工場を計1650億ドルかけて建設すると公表しており,輸入関税の免除は期待される最大のメリットだ。他方,世界第3位のウエハー素材製造である台湾のグローバルウェーハズ(環球晶円)を除き,UMC(聯華電子),ウィンボンド(華邦電子),ナンヤ・テクノロジー(南亜科技),VIS(世界先進)など台湾の半導体関連企業は米国に工場を設けておらず,かつ現時点での米国での工場建設の発表はない。つまりこれらの企業が製造した半導体チップが対米輸出される場合,100%(もしくはそれ以上)の関税の対象になる。
しかし,実際にはこれらの企業の製品に高額の関税がかかる公算は高くないと言う。その理由としては,これら企業はB to B(Business to Business)のため,製造されたウエハーやチップの大部分がベトナム,インド,台湾,中国やメキシコなどでシステム企業によってAIサーバー,スマートフォン,パソコン,家電などの最終製品に組み込まれる。この場合,最終製品そのものが課税対象になるのか,それとも米国の商務省が最終製品を分解し,部品ごとに課税するのか,現段階では未知数であるからだ。
トランプ大統領が世界各国に関税を通じて脅威を与え,ディールの手段で相手をコントロールしようとする手法は,各国の半導体企業に対しても同様で,世界の半導体サプライチェーンの再編成をもたす可能性は高い。TSMCやその他の半導体チップ製造企業にとって,米国での製造拠点の有無による影響は勿論,トランプ大統領の示すディールが今後も大きな脅威になることに変わりはない。
トランプの要請と対策
トランプ大統領の要請には,以下の3つの懸念とそれへのTSMCの対応が想定される。
- (1)TSMCはトランプ大統領の要請に応えるための資本支出により,もともと予定された台湾,日本,欧州(ドイツ)における追加投資に影響を及ぼす可能性がある。
- (2)TSMCの世界配置戦略の調整に影響を及ぼす可能性がある。これまで最先端ノード(最先端半導体)の製造やR&Dの拠点は台湾に置いてきた。しかし,今後は現地の顧客の近くに製造拠点を設ける配置に転じる。米国での半導体の需要は,軍需,スマートフォン(アップルの新機種対応),生成AI(NvidiaやAMD向けチップ),AIサーバー(データーセンター),自動車(自動運転),医療などでいずれも最先端ノードである。今後は,3nm,次世代の2nmやそれ以降の1.4nmチップの製造を米国のアリゾナ工場に建設する可能性がある。
- (3)最先端半導体の製造拠点が米国に建設される場合,多くの核心的機密が技師の辞職(他社からのヘッドハンティング)によって,ライバル企業にわたることが想定される。TSMCの最先端ノードの対外進出は,機密漏洩の可能性が増えることを意味している。
これらの懸念について,TSMCの解決ソリューションは以下の3点であると考えられる。
(1)トランプ大統領の要請にTSMCは出来る範囲応える。圧力は大きいが,TSMCは米国の半導体市場を確実に確保している。その上で,顧客であるアップル,Nvidia,AMDなどの需要を満たすことに努める。
(2)核心的技術と最先端ノードの拠点は台湾に置く。台湾で次世代の2nm半導体チップを製造する場合,米国では一世代前の3nmチップをアリゾナ工場で製造する(N+1戦略)。要するに,米国では永遠に台湾よりも一世代前のチップが製造される。あるいはこの方策は,トランプ大統領は不満かも知れないが,TSMCは世界で唯一最先端半導体が供給できる企業であり,しかも3nm半導体の場合,その市場シェアは92%を占めている。世界の大手ファブレス企業が最先端半導体を使用する場合,TSMCは最善の選択肢である。この現実にトランプ大統領はどうにもできない。
(3)TSMCは既に進出した日本やドイツや,今後その他の国に工場を設ける戦略を用い,対米市場への過度な依存に対しバランスをとる必要があると思われる。米国市場以外でR&Dセンター,先端半導体やレガシー半導体などの予備システムを構築する必要がある。また,米国の工場設置は人件費などコストが非常に高く,それにもかかわらず効率は低く,従来のグローバリゼーションの原則と企業経営のロジックからは反するものと言える。TSMCがアリゾナ工場に生産拠点を開設するにあたって,この2年間多くのトラブルに直面した。建設のスケジュールが掌握しにくい。労働力の不足により日程の遅れが生じる。労働組合の力が大きく,TSMCに不満で辞職した労働者が集まり,法律上の訴訟を引き起こす(米国において訴訟は大した出来事でなく,多くの米国進出の企業は類似した訴訟を経験する)。TSMCでは,これらの出来事を“学習”し,米国に進出する際の「潜在的コスト」と扱ってきた。
他方,もう一つの「潜在的コスト」とは,海外進出による企業機密の漏洩リスクである。これはTSMCのみならず,多くの技術立脚型企業の最大のリスクと言えよう。
現在,TSMCの利益率は57~58%に達する。その主な理由は,良品率が高く,効率が高いからである。対外進出後,良品率と効率を如何にして高く維持することできるかが克服すべき重要な課題だろう。
[参考文献]
- 朝元照雄「TSMC最先端半導体2nmに巡るスパイ事件」世界経済評論Impact No.3955,2025年8月18日。
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