世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3947
世界経済評論IMPACT No.3947

グリーン産業革命と国際経済秩序:テルツィの視点

山川俊和

(桃山学院大学経済学部 教授)

2025.08.18

 環境の政治経済学において注目すべき論者であるアレッシオ・テルツィ(ケンブリッジ大学)は,新たな産業革命――グリーン産業革命――が避けられない必然であると主張する。たとえ2025年にトランプ再選により気候政策が後退したとしても,それは一時的な停滞にすぎない。化石燃料依存型の現行経済モデル自体が持続不能であり,一方で極端気象に直面した市民の気候変動への信念は高まり,環境重視の政党への投票やグリーン投資への流れを生み出す。気候災害の圧力は社会全体を行動へと導き,過去の産業革命と同様の構造的変化をもたらすと強調している。

 テルツィは,歴史的に産業革命が成立するためには,新技術が①採用時点で既存技術より優れており,②価格が均衡点を超えてもなお効率改善やコスト低下の余地を持つ,という二つの条件が必要であると述べる。これらの条件を満たすグリーン技術――再生可能エネルギーや電気自動車(EV),ヒートポンプなど――は,すでに多くの地域で化石燃料より安価になっており,消費者はプレミアムを支払う意欲も示している。また,産業革命の経済的効果は,新技術の導入(一次的イノベーション)だけでは即座に現れず,それを活用・拡張する補完的技術や組織革新(二次的イノベーション)が展開されて初めて本格化する。現代のグリーン技術,とりわけ電動機は熱機関に比べエネルギー変換効率が著しく高く,再生可能エネルギーは依然として初期の収穫逓増段階にあるため,規模拡大と技術進歩によるコスト低下が今後も見込まれる。グリーン技術における二次的イノベーションは,基盤技術を活用した産業設計や市場構造の変革を含む。例えば,分散型電源を前提としたスマートグリッドの構築,EVバッテリーの二次利用,PPA(電力購入契約)市場の拡大,AIによる需給調整や効率化などである。これらは単にエネルギー部門にとどまらず,経済全体の生産性を押し上げ,外部性を解消し,雇用や健康面の便益を同時にもたらす。こうした長期的効果により,グリーン転換は新たな成長基盤となると見込まれている。

 しかし,その移行プロセスは容易ではない。テルツィは,グリーン転換に伴う国際経済秩序の変容を,次の四つの構造的特徴として整理している。これらは,過去数十年のハイパー・グローバリゼーションとは対照的な方向性を示すものである。

  • ① 政府の積極的介入:気候変動対策や技術覇権を巡る競争において,政府は産業政策・補助金・公共投資を通じて積極的に市場に介入する。米国のインフレ抑制法(IRA)や中国のグリーン産業政策は,AIや半導体,航空宇宙などと並ぶ21世紀の基幹技術支配を狙った国家戦略である。
  • ② 貿易の分断化:国内産業保護のための補助金や炭素国境調整措置(CBAM)のような政策は,国際的な貿易摩擦を増幅させる。結果として,貿易秩序は自由化から保護主義・地域ブロック化へとシフトする。
  • ③ 技術移転の制約:国家が多額の公的資金で育成した基幹技術を,長期的に国益を損なう可能性があるとして他国に無償で移転するインセンティブは極めて低い。気候正義の観点からの技術共有要請も,現実の政策行動には結びつきにくい。
  • ④ 国際的資金移転の抑制:高水準の公的債務や気候適応・緩和投資への国内需要の高さから,先進国が途上国に対し大規模かつ持続的な資金移転を行う可能性は低い。その結果,気候変動対策に必要な国際資金フローは目標水準を大きく下回る見通しである。

 こうした自国ファーストと多角主義の後退局面にある状況に対し,テルツィの政策提言は次の五点にまとめられる。

  • ① 構造転換を阻害しないこと:化石燃料の延命や保護主義的措置に資源を浪費せず,再構築を進めるための財政投資に振り向ける。
  • ② グリーン技術の先駆者を目指すこと:後追い模倣では獲得困難な技術標準や暗黙知を,自国の比較優位を活かし形成する。
  • ③ 国内格差を緩和すること:移行期の利益偏在は社会的抵抗を引き起こすため,公正な移行を制度設計に組み込む。
  • ④ 開かれた社会と科学協力の維持:技術革新は自由な知識流通に依存するため,安全保障上の懸念があっても協力の枠を広く保つ。
  • ⑤ 富裕国と途上国の国際同盟構築:大規模無償支援が難しくとも,相互利益を前提とした技術・市場アクセスなどの双方向協定を築く。

 テルツィに学び,グリーン産業革命を不可避のプロセスととらえ,開かれた国際経済秩序の再構築を目指した政策研究が求められている。なお,日本においても,第7次エネルギー基本計画やGX(グリーントランスフォーメーション)戦略は,再エネと原子力の併用を通じたエネルギー自立度向上を目指しているが,その多くは既存大規模電源の維持に力点があり,テルツィが指摘する「二次的イノベーションの促進」や「公正な移行」の要素は十分に制度化されていない。グリーン産業革命を見据えた脱炭素政策の抜本的転換が求められる。

[参考文献]
  • Terzi, A. (2025). “The Green Industrial Revolution: Consequences and Policies”. In L. Yan Ing & D. Rodrik (Eds.), The New Global Economic Order. Routledge.
  • Terzi, A. (2022). Growth for Good: Reshaping Capitalism to Save Humanity from Climate Catastrophe. Harvard University Press.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3947.html)

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