世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
国境なき市民パワーが世界の破綻を救う:各国民性のルーツ解明が生む共感の連鎖
(国際貿易投資研究所 顧問)
2025.06.16
情報操作に打克つ各国市民パワーの連携
「アメリカは豊かな国と皆さん思っているけど,テネシー州などの地方へ行くとほんとに貧しいのですよ」と米国人神父から意外な話を聞いたのは,かれこれ半世紀余りも前だったろうか。
トランプ大統領が掲げたMAGAを支持する岩盤は,繁栄に取り残された白人が多いという報道に,改めてあの言葉を思い出した。日本人が抱いていたアメリカのイメージは,ニューヨーク,ロサンゼルスなど都会のきらびやかな一面だったという思いが強い。日本のマスコミはニューヨークタイムズやウォールストリート・ジャーナル紙など全国紙を下敷きにした報道が色濃かったし,現状もそれほど変わっていないのではないか。
サンパウロ駐在中に某大新聞の特派員がふとこぼした言葉がある。「あれこれ記事を書いて送るんですが,デスクはブラジルの既成イメージに合う内容じゃないと載せてくれないんですよ。治安の悪さ,享楽性やら全て大らかマインドなどね。実際は旅客機の生産もあるし,在米ブラジル人経由で日本などよりよっぽど早くアメリカの先端技術が入っているんですがねえ」。
今やラーメン店やスーパー,理髪店チェーンに就職しても,海外勤務の機会も稀ではなくなった。一般企業人にとって海外勤務は当たり前のルーチン人事になった。
企業の駐在員,留学生など長期海外在住者は70万人を超え,海外旅行者も年間200万人時代だ。今年の訪日外国人は4000万人近くになるだろう。既に店舗で働く外国人は日常の風景に溶け込んでいる。外国人との接点は急増している。
だがそれにしては日本における各国民への理解,認識が飛躍的に高まったと言えるかどうか。マスコミだけのせいではない。海外事務所では日本語が話せる現地人や在留日本人を容易に雇えるようになったせいで,日本語で仕事を済ませる割合が多くなった。
海外駐在をしてもその間現地人の暮らしの襞(ひだ)や価値観に触れ,共有する機会が乏しければ,相手国の風土・国民への理解・認識を深めることはできない。
これは何も自虐的に日本だけをあげつらっているわけではない。バイアスが掛かった他民族観やら差別感をあからさまに持たないので,日本人はまだいい方かもしれない。
世界では離反,対立,憎悪を増幅する波動が広がっている。DEI(多様性,公平性,包摂性)の道義をちゃぶ台返しにご破算にした米国,反人倫的ウクライナ侵攻を自国の正義と強弁するロシア,自民族への迫害の歴史を裏返すかのようなガザに対するイスラエルの暴虐,武威を笠に着た中国の東シナ海等における進攻と北朝鮮の弾道弾試射の挑発的示威。これらは多かれ少なかれ自国民に対する政権の虚構隠ぺいや排除のパーフォーマンスを伴っている。
国際的な組織詐欺情報に加え,政治勢力による世論への刷り込み情報操作も跋扈し,市民の暮らしのなかで情報の真偽の判別が一大事になっている。諸国で物価高騰が暮らしを圧迫,鬱憤する市民のマグマが高まる危機を回避するため,強権的政治は外部勢力の敵意・圧迫を演出,煽動し始める。これら偽装の大団円は悲劇に終わることを歴史が証明している。悲惨な結末に泣くのは常に国民である。
だが一方では,ITC革命が権力による情報操作を見抜く炯眼の市民も育んでいる。
破綻の歴史を繰り返さないために,政治と離れた「真っ当な暮らし」を求める各国市民レベルが協調し,「暮らし人」同士が分断・敵対に抗う世界を目指して協働できる時代が来ている。その第一歩は,各国民の精神性や価値観を形成した歴史的,社会的,民俗的,文化的人物,事件,偉業,作品,社会慣習などの個別組成因子を掘り起こし,人類の共有財産とすることだ。何が「ウクライナ人らしさ」を造り上げてきたのか,「インド人らしさ,イラン人らしさとは何か?それはどこからどのように醸成されたのか?」各国が自前で取り組んだ成果には,同国への従来の常識的な理解や見解を覆す発見が相次ぐに違いない。「知らなかった」「そうだったのか」の連発は国や人々への見方を変える。「違いの中の同じ」の発見は共感を生み,共感の連鎖は相互の心の扉を開く。心で繋がる回路は政治・外交的対立の過熱に水を差し,正常化に戻す強力なエネルギーを秘めている。
無形文化としての各国民性の組成素因の解明
そのための協働事業とはどのようなものになるだろうか。
例えば日本の例を考えると,インバウンド観光客が押しなべて驚く清潔,低騒音,時間厳守,親切,秩序の尊重,接客の丁寧さなどは,一体どのように生まれてきたのだろうか。文化は各時代の暮らしのなかで濾過され生き永らえたエッセンスと考えれば,外国人の心を動かしたこれらの日本人らしさは,もはや無形文化と言ってもよい。だがそれら無形文化がどのように育まれてきたかと問われれば,誰しもしばし天を仰ぐに違いない。
国民性にはDNAに刷り込まれた千年単位の暮らし,文化の諸相が潜んでいる。現在の暮らしの襞(ひだ)や息遣いを分野別に紐解いて個々の要因を掘り出すことで,各国民の「らしさ」形成の軌跡を辿れるのではないか。
国民性を育んできた組成因子はどのようなものだろうか。学術的検証を抜きに,思いつくままに挙げたのが次の分野である。各分野で概ね10項目ずつ(順不同)掘り起こしをして,それぞれの原典紹介,内容説明・解説を加えることになる。
①歴史的10大事件 ②歴史上のヒーロー,ヒロイン10人 ③国民に膾炙する神話・伝説10編 ④国民誰もが知る童話 ⑤10大国民愛唱歌 ⑥誰もが知る10大小説ないし詩歌等文学作品 ⑦最も親しまれた10大映画・アニメ ⑧宗教上の儀式・勧め・禁忌 ⑨10大(伝統)芸術作品と作家 ⑩政治・社会的変革と主役 ⑪社会的慣習・マナー10件
日本についてこの計画への着手を想定するだけでも,膨大な作業量と知的な検討が要求されると分かる。さらに国別に識者チームを世界大へ組織して行くのは並大抵のことではない。だが,だからこそ今の日本から声を上げる意義があるのではないか。デジタルで世界に遅れをとった日本だが,コンテンツではまだ健闘している。幸いASEANにとって日本は最も重要なパートナーと認識されており(外務省実施対日世論調査令和5年),国家ブランド指数(イソプス社発表,23年版)でも日本は首位にある。日本は世界平和に向けて市民レベルの相互理解への大事業を創始,呼びかけるに相応しい地位にある。苦手の外国語では,ITC革命のお陰で幸い各国語への自動翻訳が可能になった。各国の識者チーム・メンバーにはChatGPTも迎えようか。
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