世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
まだ見えない米国の実体経済の悪化
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.06.16
失業率は自然失業率に近い水準で推移
6月6日発表の米国5月分雇用統計によれば,非農業部門就業者数は前月比13.9万人増と過去1年間の平均値14.4万人増に近い伸びとなりました。雇用の緩やかな伸びが続いていると言えます。
一方,失業率は3カ月連続で4.2%となりました。失業率は2023年4月の3.4%から24年7月に4.2%まで緩やかに上昇した後,4.0~4.2%で推移してきました。これは,議会予算局が足元で4.3%と推計している労働市場の需給均衡を示す自然失業率に近い水準です。トランプ関税の発動後も,米国の労働市場に大きな変化の兆しは見えていないようです。
消費者のスタグフレーション警戒感は強い
ミシガン大学の消費者調査の5月分確報によれば,消費者信頼感指数は4月に続いて52.2に留まりました。これは1980年以来の平均値85.0を大幅に下回る歴史的低水準であり,1980年以降の月次統計でこの水準を下回ったことは1980年5月,2022年6月,7月の3回しかありません。一方,1年先までの期待インフレ率は6.6%と,1981年11月以来の高いものとなりました。トランプ関税の発動を受けて,消費者はスタグフレーションに対する警戒感を強めていることがうかがわれます。
企業景況感は景気後退ぎりぎりの水準
企業景況感の指標であるISM景気指数は,5月には製造業は48.5,非製造業は49.9と,共に4月の水準を下回った上,強弱の分岐点である50を割りました。過去の動向から見ると,景気後退に入るかどうかぎりぎりの水準と言えます。
こうした消費者や企業のセンチメントの悪化を見ると,トランプ大統領が,FRBに対して利下げを強く迫っているのも,まったく根拠がないことではないようです。ただ,現状では雇用統計のような実体経済の動向を示す指標に悪化の兆しがまだ見えないことから,FRBとしては動きが取りにくいところです。
6月11日発表の5月分の消費者物価指数によれば,全体でもエネルギー・食品を除くコアでも前月比+0.1%と,事前の市場予想を下回る上昇率となりました。ただ,前年同月比で見ると,全体では3月が+2.4%,4月は+2.3%,5月は+2.4%,コアでは3カ月連続で+2.8%であり,インフレ率の低下が止まっているようにも見えます。
トランプ関税の影響が,消費者の期待インフレ率の上昇から実際のインフレ率の上昇へとつながるのか,それとも,企業が個人消費支出の減退を恐れて関税によるコスト上昇を価格に転嫁することを控え,コスト削減のために雇用抑制に動くのか,すぐに判断をつけることは困難です。6月17,18日開催のFOMCでは利下げは見送られる見通しです。トランプ関税の米国の景気と物価への影響を見極めるには,まだ2,3カ月は必要でしょう。米国の利下げ再開は,早くても9月16,17日開催のFOMCになりそうです。パウエルFRB議長をMr. Too Lateと呼ぶトランプ大統領は,次期議長の早期指名などを通じて,FRBに対する批判をさらに強めることが予想され,金融市場での混乱を招きかねないことには注意が必要です。
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