世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
アメリカのダブルスタンダードの弊害:世界的課題解決を遅らせる要因
(立命館大学 名誉教授)
2024.05.20
ロシアのウクライナへの侵攻に加えて,イスラエルのガザ地区への無慈悲な攻撃が平和を求める世界の人々の猛反対を受けている。テロ組織ハマスの一掃という大義名分を掲げたイスラエルの無慈悲で暴虐な大量殺害は目に余るものがあり,世界中で反戦平和の抗議の嵐が渦巻いている。その暴虐行為を止められないでいる要因の中に,一方でロシアのウクライナ侵攻にはアメリカをはじめ西側諸国がこぞって反対し,ウクライナ政府への武器供与や資金提供をしながら,他方でイスラエル政府の同様な行為に対しては,これに明確に反対を表明しないばかりか,武器供与などの支援活動を続けるアメリカのダブルスタンダードとそれに同調する先進諸国の曖昧な姿勢がある。それがイスラエルの行動を助長し,かつより一層過激にさせている要因ともなっている。しかもイスラエルの軍事行動の背景には入植地の拡大策が潜んでいる。これでは国連を中心にした世界の一致した平和への努力に水を差し,グローバルサウスと呼ばれる新興国を反イスラエルの方向に傾斜させ,G7に拠る西側先進国との距離を広げ,溝を深めることになる。そして世界の分断を深めることにもなろう。
その背景には覇権国としてのアメリカのイニシアチブの後退と国内的な世論の分裂がある。今や第二次大戦後の世界を主導してきたアメリカの強いリーダーシップと一貫した政策遂行が困難になり,右往左往している姿がダブルスタンダードという曖昧な形になって現れているともいえよう。ウクライナへの支援はロシアの勢力圏の弱体化という西側諸国にとっての好都合であり,またイスラエルへの支援は中東でのイスラム勢力の掣肘という目的に合致するという思惑がある。だが21世紀世界の平和と核廃絶への人々の熱烈な希求は,益々大きなうねりとなって世界を動かしてきている。それに反するような政策遂行は到底許されない段階を迎えつつある。それほどに下からの「草の根」の運動が力を増している。
もっとも体制間対抗下でのアメリカのヘゲモニーの発揮には,このダブルスタンダードが形は違え大きな武器になってきた。たとえば国際組織を使った世界秩序の構築にあたって,国連安保理事会での少数の国への拒否権の供与,核不拡散を理由にした少数の国への核保有の限定,IMFでのG5に代表される少数の国への重要事項の決定権付与,途上国がガットでの特恵供与と引き替えにのまされた様々な差別待遇など,数え上げれば多くある。さらにいえば,二国間の関係でもアメリカが援助供与に当たって,被援助国がアメリカに譲歩しなければならなかった様々な例外的特権措置,また米軍の海外駐留に当たっての当該地での優遇待遇や,超法規的な取り扱いなどがこれに付け加わる。表面的には対等平等な取り扱いを謳いつつ,その実,多くの差別的な取り扱いを内在させ,それを巧みに利用して,アメリカの戦後の世界秩序が首尾良く構築された。だがこうした仕組みは21世紀の今日,大きな曲がり角に来ている。グローバル社会の出現は何よりも世界を一つに結びつけた。そのことによって劇的な変化をとげ,地球の隅々にまで広がっていった。この流れは不可逆的でもある。それをかつてのようにアメリカ中心の世界に連れ戻すことはできないだろう。
一つの例をあげれば,目下中国との熾烈な覇権国争いをしている。IT化・情報化・知識化の進行の下で,中核になる半導体の供給システムにおいて,中国を排除したサプライチェーンの再構築を図っていて,TSMCやサムスンを米国内に呼び込み,日本や韓国などの友邦国を巻き込んだサプライチェーンの敷設を「フレンドショアリング」という耳慣れない言葉で展開しようとしている。だが経済的な効率性と便宜を謳った国際分業体制としてのかつてのニアショアリングに代わる,政治的思惑を帯びたこのフレンドショアリングが果たして首尾良くいくであろうか。またこれに加えて,必要な資源の確保のための資源同盟の構築や世界中で大流行の中国ネット大手がもつTikTokをアメリカ国内から排除することも決めた。さらには中国を迂回する太平洋を跨ぐ海底ケーブルの敷設も計画されている。こうした政治的分断策が経済に優先するやり方がどこまで通用するであろうか。むしろ経済法則の赴くままに,その波にのり,国際協調を進めることにこそ,アメリカの確かな復活の道が開かれるとみるが,いかがであろうか。
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