世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3401
世界経済評論IMPACT No.3401

ウクライナ支援法成立に見る,米国議会の政治劇:今なお生きる故オニール議長の教訓

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2024.05.06

 筆者は本コラムNo.3237にて“米国のウクライナ支援2題”と題し自説を述べた。その中で,ウクライナ支援法案が米国議会で立ち往生しているが,「米国政治が故オニール下院議長の語録が示すような,問題の“スコープ拡大”を前提に動いているものであることを知れば,ウクライナが当面,悲観するのは未だ早い」と結論づけた。

 混迷を続けた下院が,4月20日にウクライナ等への緊急支援法案を可決,続く23日には,独自のウクライナ等支援法案を既に可決していた上院が,下院から送られてきた法案を丸呑みする形でウクライナ支援法案を採択し直した。そしてバイデン大統領は即時に同法案に署名,米国のウクライナ支援再開が急転直下,決まった。

 思い起こせば昨年末,ウクライナ支援案に,折からの中東紛争が絡み,イスラエル支援法案を付け加えたり,トランプ前大統領が主張する不法移民抑制策を絡めたりと,下院共和党との妥協余地を創り出そうと努力していた。

 だが,ジョンソン新下院議長は,民主党側のアプローチを拒絶し,上院民主党との交渉の余地をなくすため,同僚議員達に年末年始の選挙区への帰郷を促したのだった。ところが4ヶ月後の今回は,議長が自ら積極的にウクライナ支援法案成立に肩入れしたのだ。何故,変身したのか・・・。そこには,米国政治の中で,折々に演じられる独特のドラマが見られわけで,ここではその顛末を少し振り返って見ておきたい。

 本年に入ってから,この4月半ばまでの間,共和党マイク・ジョンソン議長の周辺には,次の6つの変化が起こっていた。

 即ち,①議長自身の意識の覚醒,②ウクライナや中東情勢の一層の緊迫化,③上下両院民主党指導部,とりわけ上院民主党のチャック・シューマー院内総務からの暗黙の圧力,④トランプ前大統領の選挙戦に向けた思惑,⑤上院共和党ミッチ・マコーネル院内総務の“老いの一徹”,⑥ジョンソン議長のとった立法戦術だ。

 先ずはジョンソン議長自身の覚醒。米国ではもし大統領が欠けた場合の継承順位は,全国民を代表すると下院議長が副大統領に次いで序列2位。重責を担う下院議長に対しては政府の情報機関から折々の国際情勢などについてブリーフィングが常に行なわれる。大統領時代のトランプは情報機関のブリーフィング内容を余り信じなかった。だが,ジョンソン議長は,このブリーフィングから国際政治の場での米国の立場をはっきりと自覚した。

 下院議員としてルイジアナ州の有権者を代表する,地方の宗教色が濃い政治家だったジョンソン議長は,一議員の頃は,ウクライナへの援助に反対し,下院議長就任後も,「ウクライナより,不法移民急増対策を優先せよ」との,トランプの主張に完全同調していた。それが,本年に入って僅かの間に,「ウクライナ支援こそ,今の米国にとって絶対に必要」と主張するように変節したのだ(NYT 2024年4月21日)。

 米国メディアは,「本年2月にバイデン大統領臨席の下,情報機関が議会指導者達に秘密裏に行なった,ウクライナ情勢に関するレクチャーがジョンソン議長に影響を与えた」と伝える。席上,CIAのバーンズ長官は,ウクライナの武器弾薬が想定以上に枯渇している実情や,その結果,防空システムが機能しなくなったとき,一体どのような事態となるか,その暗澹たるウクライナの近未来予想を開陳したことが議長の二つ目の変化につながる。

 三つ目の変化は,共和党フリーダム・コーカス所属議員達の強い主張を背景に民主党のシューマー上院院内総務が,トランプの持論であったメキシコ国境からの不法移民流入抑止策とウクライナ支援策とをセットにした法案での妥協をジョンソン議長に持ちかけていた。既にウクライナ支援法案を可決していた上院から,下院に対する同支援法案採択の圧力は,時間の経過により悪化する戦況とともに強まってくるのだった。

 そこに四つ目の変化が絡んでくる。大統領選挙戦における不法移民問題はトランプ候補の強み,それは即,バイデン陣営の弱みである。上院民主党が持ちかけてきたウクライナ支援法と不法移民対策をセットで通す案をトランプが拒否した背景には,不法移民問題が選挙戦で重要と考えるトランプ陣営の思惑があることを,ジョンソン議長は鋭敏に嗅ぎ分けたに違いない。その時,トランプの選挙戦への思惑と,議長の問題解決を指向する姿勢に,大きな差があることを気付いた。事実,この頃からジョンソン議長は,同僚議員達に,公然とウクライナ支援の緊急性を説くようになった(前記NYT4月21日)。

 こうした中で,五つ目の変化につながる圧力が全く違う方面からもかかり始める。多数を占める共和党内穏健派の多くは,フリーダム・コーカスのような少数である党内右派強硬派(トランプ路線をひた走り,党内弱者を強引にとり込もうとしている)を敵に回してまで本会議でのウクライナ支援法成立には期待していない。本心で穏健派が望んでいることは本会議で己の主張を表明するための投票機会だ。故にウクライナ支援法を早く本会議に上程しろとの要請(とりわけ自身の選挙区で民主党支持者が多いケースでは,本会議で自分は賛成に回ったと,選挙区内有権者に言い訳するための機会を作ってくれとの要請)が増えてきた。だが,ウクライナ支援法案を成立させねばならないと,心底思い始めた同議長にとって,事は本会議上程だけでは済まされないのだ。上程する以上は,成立させねばならない。ジョンソン議長抱いたものは「少々無理してでも下院を通せば,上院では共和党院内総務のミッチ・マコーネル院内総務が,巧くやってくれるだろう」との,ある種の信頼感である。何故,そう感じたか・・・。恐らくその解は,推測の域を出ないが,前述した情報機関からのブリーフィングに,マコーネル共和党上院院内総務も同席しており,彼が,その説明内容に納得した上で,下院共和党も早くウクライナ支援法案を本会議に上程しろと,暗黙裏に迫ったからである。最後のレーガン共和党議員を自称するマコーネルの,“Peace through Strength”をモットーとするノスタルジアと,更には,本年末には上院共和党院内総務を辞する決心をした己の身とダブり併せ,「この問題は,米国だけの問題ではなく,全世界の自由にとっての問題なのだ・・・それなのに,下院共和党は何をしている」との,ジョンソン議長に対する「叱咤と激励」となったと,筆者は少し感傷的に感じた次第。

 後日,この件でマコーネル上院議員を取材したNYT(4月24日付)は,「大統領執務室でバイデン大統領や他の議会指導者とのセッションを要請したのは共和党の指導者だった。ウクライナ支援を進めれば議長の座から追放すると脅す右派強硬派の脅しや,バイデン氏や民主党の議会指導者からの嘆願よりも,マコーネル氏のような仲間の共和党員の意見に耳を傾ける傾向があると」と解説した。

 こうした以心伝心のマコーネルとの会話は,ジョンソン議長に,自党の上院内総務との間でウクライナ支援に関しての同志的絆を育ませるには充分だったはずではないか・・・。

 六つめの要因は,ウクライナ支援法成立に向けた具体的な立法作戦を構築しなければならない時機が到来したことである。各種ニュースを総合すると,2月後半にはフロリダで,3月にはウエスト・バージニアで,ジョンソン議長は同じ考えを持つ共和党有志の下院議員達と小規模な会合を持ち,ウクライナ支援に向けた法案の中身や,下院を通すとためのシナリオ作りを始めた模様。そうした中で,支援に使われる政府資金の一部を有償とし,その返済を,既に凍結しているロシア資産から充当する案なども議論されたとメディアは報じている。これは共和党内,何よりもトランプの反対を封じるのが目的だったのだろう。

 先ずは,大統領選挙しか頭にないトランプ候補の,本件への関与を中立化すること。そのため,ジョンソン議長はトランプのフロリダ州の別荘を訪問,予て準備していた,ウ支援の一部有償化を説明,同案で大筋の支持を取り付けた。

 トランプも,ウクライナ戦争を即時に停戦させられると大見得を切ったものの,対ロ交渉の取引材料となるウクライナ支援をこの段階で切れという強硬派の主張を本心では単純過ぎるものに見えている。故に「議長の説得に応じる形」で,選挙の重荷を早々と放り出したのだ。また昨年10月のギャロップ調査で,ウクライナへの支援を過剰とする意見が41%だったものが,3月には36%に減り,逆に支援不足が25%から36%に増えたという結果もトランプの変質の背景にあろう。

 更にもう一点,議長との会談に関して付け加えておくべきは,不法移民問題への対応である。前述のように,トランプは,選挙戦での重要イシューをウクライナ支援とセットにすることで安易に解決したくなかった。しかしこれが結果的にはジョンソン議長を助けることになった。不法移民の入国規制強化に対しては,民主党左派内に強い反対勢力があり,ウクライナ支援と抱き合わせで不法移民問題を議会に上げようとすれば,民主党からの抵抗にあいジョンソン議長の立場を弱める可能性が大きくなっていたからだ。

 かくして4月に入り,ジョンソン議長は包括的な下院案起草を事務方に命じ,その作業を4月14日迄に終えるよう,指示したという。

 去る4月11日に岸田総理が上下両院合同の連邦議会で演説した際,場を取り仕切ったのがジョンソン議長だった。まさにその頃,議長は苦渋の決断を経てウクライナ支援法案の準備にいそしんでいた頃だった。ジョンソン議長は,岸田総理の「この世界は,米国が引き続き国際問題に中心的役割を果たし続けることを必要としている・・・しかし私は,そうした期待のある一方,米国内に,世界における自国のあるべき役割に,疑念を持つ人々がいることも熟知している」とする演説と続く“I am here to say that Japan is already standing shoulder to shoulder with the United States”という言葉をどう聞いただろうか・・・。

 岸田総理は,ジョンソン議長が真に苦しんでいる最中に,議長の努力を多とする言葉を,議長が背後に座る中,議会でタイミング良く発したことになるではないか・・・。

 4月15日,ジョンソン議長が明かした下院版ウクライナ等への支援法案の概要(詳細は17日に公表された)は,総額は950億ドル(ウクライナ支援600億ドル強,イスラエル支援260億ドル強,インドー太平洋向け(含む台湾)80億ドル強)で上院が採択した民主党の支援法案とほぼ同じ内容である。但し,これら支援案は,支援先別に三本の法案に分割され,本会議採択にかけられる。ウクライナ向けでは,新たに,経済分野支援100億ドルはローンで有償となる。26年から始まる返済には,米国大統領に,返済免除の諾否権限が付与する仕組みも盛り込まれた。その時の大統領がトランプであっても役に立つであろう。更に,凍結されているロシア資産を,ウクライナ向け支援金のため売却できる旨の項目も含まれている。加えて,イスラエル向け支援の中に,新たにイラン向け制裁条項も加えられた。

 もう一点注目されたのは,上院が採択を拒んでいた,中国ネット大手のバイトダンスのTikTokの米国内事業を,中国資本から分離するか,或は利用禁止とする制裁を科す法案も合体させた。ジョンソン議長は,合計4本の法案(ウクライナ向け,イスラエル向け,インドー太平洋向け,TikTok対象)で構成しそれぞれ審議にかけるが,最終的には1本に纏め,総合法案として本会議の採択にかける。その際,「丸ごと賛成か丸ごと反対か」の選択,つまり総合法案にはYes or Noの選択しか許さない仕組みになっているわけだ。何故このような仕組みとしたか。その理由は,それぞれの法案には,異なった層の,異なった支持基盤があるからだ。自分が「どうしても通したい」と思う法案があれば,それを実現するためには,他の法案に少々不満があっても賛成票を投じざるを得ない。異なる関心を扱う諸法案をかき集めてくることで,総合法案総体への支持基盤を最大公約数にまで拡げようとしたわけだ。また,下院の手で4法案を形式上一括した総合法案に仕上げさせるのは,下院から法案を受取った上院側も,一括処理出来る。

 逆に言えば,ホワイトハウスも上院民主党指導部も,下院共和党のジョンソン議長も,それ程までにウクライナなどへの支援法成立を急いていたわけで,この法案の処理の仕方への,それぞれの立場からの許容振りは,前述した共和党マコーネル上院院内総務の「ウクライナ支援について,最早時間がなくなりつつある」との認識が,関係者の間で十二分に共有されていたことを物語るものだろう。

 そんな認識共有故,バイデン大統領は,4月17日に下院法案の本会議上程を歓迎するとともに,その即時採択を議会に呼びかけたのだった。

 しかし,ここまで準備が整っても,物事はそう簡単には進まない。ジョンソン議長の構想通りに物事が進むかは,偏に18日午後のRules Committeeが,議長の想定したルール(例えば,全体の討議時間,或は,質問者は何人等から始まって,法案を4本に分割,それぞれへの修正提案は許すが,その修正意見に対する議論は許さず,即賛否を取る等々の詳細)を承認するか否かにかかっていたわけだ。

 第118議会の下院Rules Committeeは,共和党9名,民主党4名の構成だった(勿論,委員長は共和党)。但し,その共和党9名の中に,フリーダム・コーカス所属の議員が3名配置されていた。この配置は,ジョンソン議長の前任者,共和党ケビン・マッカーシー議長が,自らの議長就任を支持する条件として,フリーダム・コーカス側の要求を飲んで実現したもの。極右派にとってRules Committeeに自分達の仲間がいることは,下院全体の法案審議に決定的な影響力を持ち得る道理。従って今回,Rules Committeeの極右3名が,自党のジョンソン議長の意に反し,徹底抗線の構えを見せたため,残りの共和党議員もためらいの色を見せ,共和党として中々纏まった姿勢を打ち出せない。それ故,同委員会での議論は18日の夜に迄及んだ。

 しかし,その時,ハッキーム・ジェフリーズ下院民主党院内総務の指示を受けた,同委員会の民主党所属議員達がジョンソン議長に手を差し伸べた。彼らの押しで同委員会の多数決による決定が促され,結果,委員長を除く,賛成9票(うち5票が共和党穏健派)反対3票でジョンソン議長の想定通りのルールが認められた。

 斯くして,4月19日午前,下院本会議Rules Committee採択のルール(Procedural Matter)を採用するかの票決を行ない(賛成316票(民主党165票,共和党151票),反対94票(民主党39票,共和党55票)で同ルールが採択された。翌20日,下院本会議は4本の法案の採択投票を,予め決まっていたシナリオ通りに実行,それら4本全てを採択した。

 その賛否結果は,以下の通りだった。

  • ウクライナ支援法:賛成311票,反対112票(反対の全てが共和党票)
  • イスラエル支援法:賛成366票,反対58票(反対票の内,37票は民主党)
  • インドー太平洋支援法:賛成385票,反対34票
  • TikTok関連並びにイラン制裁関連法:賛成360票,反対58票

 本稿の締めに冒頭記した故オニール議長の語録を,改めて紹介したい。

  • ①Take Care of One Problem and You’ll Often Take Care of Another.
  • ②You Can’t Win Without the Votes.
  • ③Compromise Is the Art of Politics.
  • ④Be Patient with Democracy.
  • ⑤Once you Get Power. Don’t Be Afraid to Use It. No Matter Big Your Opponent.
  • ⑥How to Package a Deal.
  • ⑦How to Stay on Schedule etc.

 そして,4月30日,下院民主党のジェフリーズ院内総務は「共和党の一部が,ジョンソン議長解任動議を出しても,民主党はその動議を否定する」と公に宣言した。ジョンソン議長への謝意と,超党派で出来た先例を共和党フリーダム・コーカスの横車では潰させない,との明確な意思表示だと受け止めるべきだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3401.html)

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