世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国は日本を見限ったか?:「中国発展ハイレベルフォーラム」から考える
(多摩大学 客員教授)
2024.04.01
3月24日,中国発展ハイレベルフォーラムの年次総会が二日間の日程で北京において開催された。主催したのは国務院発展研究センターで,李強総理が冒頭の基調演説を行った。出席者は国際的企業のトップ,IMF,世銀など国際機関のトップそして学識経験者など総勢100名に上る。日本からは,日立製作所,野村証券,東京海上,みずほ銀行そして武田薬品のトップ5名に加え,アジア開発銀行総裁が出席した。
注目されたのは,フォーラムに参加した外国企業トップと李強総理の会合が見送られた一方で,習近平国家主席が米国企業と米国政府関係者と人民大会堂において1時間40分におよぶ会見を行ったことである。習近平国家主席との会見に出席したのは,米中関係全国委員会のオーリンズ委員長,クアルコムのアモンCEO,ブラックストーンCEOのシュワルツマン氏,アップルのクックCEO,ブルンバーグのカーニーCEO,フェデックスCEOのスプラミアム氏など18名。中国側からは,王毅外交部長,商務部の王文涛部長,国家発展改革委員会の鄭栅洁主任も出席した。
会見の席上,習近平国家主席は,「我々には問題があることは認識している。それは分かっている。しかし,我々には回復力がある。中国は世界のGDP成長率に30%も貢献している。中国は投資するには良い場所である」と述べたという。オーリンズ委員長は,習国家主席が「米国企業は中国市場においては何兆ドルもの売り上げを挙げている。これは大金である。投資している多く企業は,今後投資を増やすかどうかの決断を迫られている。しかし明らかに中国経済には回復力がある。我々は良くやっているし,もっと良くやれる」と述べ,投資を促したことを明らかにしている。習氏は終始笑顔を浮かべ,会見は和やかな雰囲気だったとも言われる。
また,ハイレベルフォーラム開催前の3月21日に上海市静安寺に新規オープンしたアップルショップを訪れたクックCEOは,「アップルと中国のサプライチェーンは非常に友好的なWin-Winの関係であり,アップルのサプライチェーンにとって中国ほど重要な場所はない」とのコメントを発している。アップルの静安寺ショップは,8,340万元(約17億円)を投じた総床面積3,835平米の直営店であり,アップルにとっては世界二位の規模となる。5G対応のスマホMate60-Proを独自開発した華為に販売シェアを逆転されたアップルにとっては今が正念場でもある。中国市場が死活的な存在になっているのはアップルだけではない。紅海ルートの海運物流がフーシ派の攻撃によって60%も減少したフェデックスにとって,中国が運営する中欧班列は欧州と中国を結ぶ鉄道貨物輸送ルートとして重要さを増している。
今回の会見は,昨年11月にサンフランシスコで行われた米中首脳会談の後開催された両国実業界のトップとの夕食会への答礼だと説明されている。国家主席自ら投資勧誘を行ったことについて,トップセールスをやらざるを得ないほど中国経済は苦しい状態にあるという見方も出ているようだ。しかし,11月の大統領選挙を控え米中関係の不透明性と不確実性が増す中,中国市場に深くコミットしている米国企業に中国市場の重要性をアピールすると言う目的の方が勝っているのではないかと思う。どう転ぶか分からない政治家よりも,実利に敏い実業家に楔を打ち込んでおこう,というわけだ。会見の対象とならなかった欧州企業への目配りも忘れられていない。政権トップとの会見は実施されなかったものの,3月に行われた習近平国家主席の湖南省訪問に際し,ドイツの大手化学メーカーBASFのバッテリー材料工場の視察も組み込まれた。国家主席の地方訪問に外資企業の視察が組み込まれるのは稀である。
中国発展ハイレベルフォーラム開催と前後して,3月19日,商務部は「ハイレベルな対外開放と外国投資の誘致・活用の一層の努力を確実に推進するためのアクションプログラム」を発布した。外資参入のネガティブリストの削減,科学技術分野での外資参入規制緩和,銀行・保険業務分野での外資参入の拡大,国内債券市場における外資系金融機関の参入拡大など24項目の行動計画が盛り込まれている。さらに,国家サイバースペース管理局は,外資企業が保有する様々なデータの海外移転に対する規制を実質的に緩和する措置に踏み切っている。従来は,キャッチオール的な規制だったが,保有する個人情報が1万件未満の場合,機微にわたる情報であっても事前申請が不要となり,10万件以上の個人情報でも機微にわたるものではない場合は,事前申請が不要とされた。外資系企業は,海外移転が規制される情報の内容,件数が不明であるとして対応に苦慮していたが,今回の措置により,一定の基準が示されたことを評価している。これらの措置は,昨年6月以来積み重ねられてきた米中対話の成果と見ることもできるだろう。
対中直接投資は,確かに不振である。今年1-2月の直接投資額は前年同期比19.9%減の2,151億元に留まった。ただ,件数は7,160件で34.9%増であり,とりわけ高度技術分野の投資額は10.1%増の283億元,件数で見れば32.2%増の1,865件となっている。とくに,ドイツをはじめとする欧州企業の投資に動意がみられるようになっている。
今回のハイレベルフォーラムに参加した日本企業はわずか5社に過ぎなかった。全参加企業・機関の5%に満たない。中国の日本に対する輸出依存度は2000年初頭米国の22%に次ぐ17%で,EUの15%を上回っていたが趨勢的に低下傾向を見せており,昨年は,5%を割り込み,ASEANの17%,米国16%,EU15%,BRICs9%,アフリカ諸国5%をも下回る結果になっている。貿易面だけで見れば,中国にとって日本の重みは5%にも満たないものになっているのかもしれない。
昨年8月,日本政府は,福島第一原発の処理水の海洋放出を行い,中国政府はこれに対し日本産水産物の全面禁輸に踏み切った。これは,日本製化粧品の不買運動にも飛び火した。5~6年前までは若者に圧倒的な人気のあったJKファッション(女子高生スタイル)も完全に国潮ブームに乗った漢服にとって代わられた。EV投入に出遅れた日本の自動車メーカーの中国市場シェアは,コロナ禍前の25%から昨年は17%に下落した。さらに,中国・北朝鮮を仮想敵国とした防衛費の増額も米国の要請に基づいて着々と進められており,4月に予定されている岸田総理の国賓待遇での訪米においては,日米安保条約のさらなる強化も討議されるのではないかと噂されている。中国政府は,ゼロコロナ政策解除後,欧州13カ国,アジア2カ国を対象に最長15日間のビザなし訪問を認めているが,コロナ禍前まではビザなし訪問が認められていた日本は依然除外されたままである。中国との政治的な距離感は広がる一方であるように見えるし,企業も対中ビジネスをどうすべきか立ちすくんでいる感が強い。
一方,日本にとって中国は貿易総額の20%を超える最大の相手国であるし,海外在留邦人の数も最大である。中国市場での売り上げが存亡を左右しかねない企業も少なくない。しかし,中国企業の成長と発展に伴い,中国の消費者にとって,日本はもはや憧れでも尊敬の対象でもなくなりつつあるように思える。ましてや脅威にもなりえない。中国は日本を見限りつつあるのではないか。改めて中国の政府,企業,消費者とどう向き合っていくか考え直す時期に来ているのではないだろうか。
今回のフォーラムに参加したHSBCのクインCEOは,「中国戦略を持たない国際企業は,世界戦略を持たないことと同じだ」と述べたが,政府も企業も独自の対中戦略を持つことが強く求められていると思う。これは過去30年の日本の凋落に歯止めをかける重要な方策にもつながってゆくに違いない。
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