世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3101
世界経済評論IMPACT No.3101

欧州を襲う「気候変動対策疲れ」と極右ポピュリズム伸張の共振

平石隆司

(三井物産戦略研究所 シニア研究フェロー)

2023.09.11

欧州で強まるGreen backlash(気候変動対策強化への反発と揺り戻し)の潮流

 欧州を“Green backlash”(気候変動対策強化への反発と揺り戻し)という名の妖怪が徘徊している。EUは,2019年12月にフォンデアライエン欧州委員会委員長が2050年迄の気候中立を目指す構造転換策と成長戦略が一体となった「欧州グリーンディール」を発表して以来,これを全政策の一丁目一番地と位置付け,矢継ぎ早に野心的な気候変動対策を成立させてきた。しかし2023年に入り,欧州議会及びEU理事会における立法過程で,これ以上の規制の厳格化や実施のスピードを鈍化させようとする動きが勢いを増している。

 口火は3月にドイツによって切られた。乗用車と小型商用車のCO2排出基準に関し2035年以降内燃機関車の新車販売を禁止する規則案で2022年10月に欧州議会とEU理事会が暫定合意していたにもかかわらず,自動車メーカーの声に押されたドイツはイタリアやポーランドを巻き込みEU理事会の採決の土壇場でちゃぶ台返しを行いe-fuel車の販売を認めさせた。

 5月にはマクロン仏大統領が,欧州は気候変動関連規制をこれ以上付け加えるのではなく「規制の休止」をすべきと呼びかけた。

 6月には最終エネルギーベースのエネルギーミックスに占める再生可能エネルギー比率の2030年目標を42.5%とする改正再生可能エネルギー指令案について,原子力大国フランスがドイツ同様,ポーランド等と共に欧州議会とEU理事会の暫定合意案をひっくり返し,目標達成にあたり原子力由来の水素の活用やアンモニア生産の譲歩を認めさせた。

 7月には生態系回復を目指す「自然再生法案」の欧州議会における採択で,中道左派S&D,中道リベラル派Renew Europeと共に欧州グリーンディールを推進してきた最大会派の中道右派EPPが法案否決に動いた。同法案は辛うじて可決されたが,内容は再生措置の対象とする陸地・海洋等を当初案の30%から20%へ引き下げる等大幅な後退を余儀なくされた。EPPは,気候変動対策強化に対するモラトリアムの要求等,急速な軌道修正を図っている。

 8月にはポーランドが,既に規則が成立し10月から暫定適用が開始されるCBAMと改正EU-ETS導入の無効化をEU司法裁判所に訴えた。

何がGreen backlashをもたらしたのか

 Green backlashをもたらしたのは,第一に,ウクライナ危機等によるエネルギーや食料価格の高騰等を背景としたCost of Living Crisis(生活費の危機=インフレ等による市民の生活苦)と景気低迷の長期化だ。日々の生活に困窮する中,気候変動対策強化によるこれ以上の負担増への市民の反発が強まっている。第二に,企業の国際競争力低下への不安だ。ビジネスヨーロッパは,様々なコスト(時間,資金,人的資源)を企業に強いるこうした規制の拡大を,「規制インフレ」と揶揄する。第三に2023年にスペイン,スロバキア,ポーランド,オランダで総選挙が相次ぎ,2024年6月にはEU理事会と並ぶ立法機関である欧州議会選挙が実施される等,EUが「政治の季節」を迎えていることがある。政治家は市民や企業の不満に対し非常に敏感になり,特に各国の極右ポピュリストはこうした不満を巧みに利用,Cost of Living Crisisと気候変動対策の強化への不満を巧にリンクさせる戦術で勢力を急速に伸長させている。

今後の展望

 マクロ経済については,2022年央以来の急速な利上げ効果の浸透で2023年後半から2024年央にかけてEU景気の底這いが続くだろう。一方,物価は,賃金上昇によるサービス価格の高止まりに加え,ウクライナ紛争の長期化等を背景に根強いインフレ圧力が残ると予想され,EU市民の生活苦は容易に解消されることなかろう。

 欧州議会選挙は,世論調査によれば,気候変動対策に積極的なRenewやGreen/EFAの大幅な退潮に加え,EPPも議席減が予想される一方(それ故気候変動対策の修正を急いでいる),ドイツ,イタリア,スペイン等での勢力拡大を梃に,極右ECRやIDが議席を急増させるだろう。

 また,欧州グリーンディール推進の先頭に立ってきたティメルマンス上級副委員長(欧州グリーンディール政策総括及び気候変動対策担当)がオランダ総選挙に出馬するため辞任,シェフチョビッチ副委員長等が引き継ぐ予定だが逆風が強まる中で経験不足は否めない。

 EU全体として,2050年に気候中立を目指すという大きな方向性には揺るぎはなく,欧州グリーンディールの大きな枠組みは既に多くの部分が成立済なのは事実だ。しかし,政策を実行に移す上での細部の調整が残されたものも多く,ディレクティブ等は加盟各国の裁量の余地も大きい。また,気候変動対策といっても,脱炭素関連については概して一定のコンセンサスが確立されているが,自然再生法案の例に見られる様に,生物多様性やサステイナビリティの分野の土台は脆弱だ。

 ブリュッセルイフェクトと呼ばれる国際ルール形成力を武器に世界の気候変動対策をリードしてきたEUの政策が今後どこへ向かうのか,日本の気候変動対策と企業戦略を考える上でGreen BacklashとEUの政治の季節への注目が必要である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3101.html)

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