世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3052
世界経済評論IMPACT No.3052

中国:動き出した景気対策:7.24党中央政治局会議を踏まえて

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.07.31

 7月24日,北京で党中央政治局会議が開催された。主要なテーマは前回4月27日と同じく経済だった。今年上半期の経済状況を「先上后下(第1四半期は上昇したが第2四半期は息切れ)と捉え,その理由として複雑で厳しい外部経済環境,内需不足,企業経営の困難さ,そして重要産業分野における潜在的リスクの高まりを挙げた。とりわけ不動産業界と地方政府債務に関わるリスクである。会議では,下半期の重点目標として経済活動を前向きに回転させるため内需を拡大すること,先行きに対する不安を払拭することが強調された。左記の基本政策は,下半期の経済政策の基調となりそうだ。

 今回公開された党中央政治局会議のステートメントで最も注目されることは,不動産部門について「住房不炒(住宅は住むものであって投機の対象ではない)」というスローガンが消えたことだ。それに代わって「不動産市場と需給には重大な変化とそれに伴う新たな事態が起こっており,リスクの予防と解決が喫緊の課題になっている」という強い危機感が表明された。その対策として劣悪あるいは老朽化した住宅の新改築,低所得者向けの住宅開発の促進,住宅在庫の活用,そして「平急両用」のインフラ整備が挙げられている。3億人と言われる低所得者を対象に新たな住宅需要を喚起しようというものだ。また,気候変動の激化による高温,干ばつ,洪水などの被害に備えたいわば「国土強靭化」という新たな軸も不動産市況のテコ入れのツールになったと言える。

 党中央政治局会議のステートメントは「基本方針」であり,その具体策がこの会議と前後して相次いで発表された。7月18日には商務部や国家発展改革委員会が農村部の消費促進策を打ち出し,翌19日には,国務院が民営企業の発展を促進するための31項目(民営企業31条)」を,21日には都市部における低所得者や農民工居住区(城中村)の全面開発(政府資金による)とこれに関わる民営企業参加の促進策,既存の住宅の省エネ改築や高齢者のためのバリアフリー改築に対する助成金支給策,商務部と工業信息部が自動車関連消費促進に関わる規制緩和策が発表された。そして26日には国家税務総局が398項目に及ぶ税と行政費用の減免策が公表された。減免措置対象の三分の一が不動産取引に関わるものである。

 矢継ぎ早に打ち出される対策を見ると,景気対策のストーリーが見えてくる。最大の目標は先行き不安の払拭ではないかと思う。先行きが不安であれば,消費も投資も動かない。そうなると企業活動も低迷する。それは雇用拡大の足も引っ張る。その起爆剤に据えたのが民営企業31条である。これには筆者のみならず中国の企業家・投資家も少なからず驚いたようだ。

 「民営企業56789」という言い方がある。民営企業とその大部分を占める中小零細企業は,中国の税収の50%,GDPの60%,科学技術革新の70%,雇用の80%,企業数の90%を占める存在ということを言い現わしたものだ。とかく国有企業に目が向きがちだが,中国経済において民営企業は圧倒的な存在なのである。アリババ,百度,騰訊といった巨大プラットフォーマーもここから生まれた。ハングリー精神と「板子一枚下は地獄」という厳しい競争環境にひるまないリスクテイク,そして壮絶なまでの逞しさが改革開放以来の中国の経済成長を支えたことは間違いない。しかし,大部分が中小零細・個人企業であることから,「小・散・乱」であるとして成長支援よりもむしろ規制強化が図られてきた。小規模であり,てんでんばらばらであり,かつ法も順守しない傾向が強かったからだ。2017年から導入された「三つの過剰(過剰生産能力,過剰在庫,過剰債務)」の是正措置も,左記のような民営企業の野放図(あるいは「野蛮」)な活動に歯止めをかけようとするものだった。

 民営企業に対する本腰を入れた規制強化は2019年から始まった。不動産業界の借り入れを規制する「三条紅線」の導入,2020年9月螞蟻金融の上場差し止めに始まる一連のテック企業に対する規制強化により(民営企業の塾事業禁止も含む),民営企業の活力は急速にしぼんでしまった。これによる民営企業の株価時価総額の減少は1兆ドルをこえる。「なんでもあり」だった状態から「今日のOKは明日のNO」という不安が民営企業に蔓延した。

 民営企業31条は,①民営企業,とくに中小零細企業に対する融資拡大とそれを通じた企業経営の支援を強化すること,②財産権を保障し,許認可,政府調達や様々な年度検査の実施にあたって,国有企業と同様に扱うという「一視同仁」策,そして③民営企業のガバナンスの改善,人材育成,技術革新のための支援策を骨子としている。

 党・政府は,産業経済の要である民営企業の先行きに対する信頼を回復させ,消費や低所得者を対象とした新たな次元での不動産開発を促進し,事業活動に関わる様々な税・手続き費用の負担を軽減し,資金調達の道筋を拡充することにより,その活力を引き出し,経済の底上げを図ろうとしている。その意味,小手先の景気対策ではなく,中国経済が抱える構造的な課題に本格的に切り込んだ対策と言える。また,民営企業に対する一連の規制措置により「ガードレール」の設置が一定程度完了したという判断もあったのかもしれない。

 国務院総理の李強氏は,EVメーカーのテスラを誘致し(しかも外資100%を特例措置により容認),上海貿易博覧会を成功裏に開催し,アリババの創業者馬雲氏を「彼のような経営者があと10人いれば中国経済はもっと良くなる」と礼賛したこともある。民営企業の発展を支持する人物と言って良い。また,李強総理は,習近平国家主席の側近中の側近でもある。したがって今回発出された「民営企業31条」は今年後半以降の中国経済の回復促進の実現に対する党・政府の強いコミットメントを示すものであることは間違いないだろう。これまでさんざん虐められてきた民営企業はこの「手のひら返し」とも言える変更を歓迎しつつもとまどいを隠せないようだが,党中央政治局会議において発出されたメッセージは,その前後に公開された様々な景気対策と相俟って,紆余曲折はあろうが,萎縮傾向が著しい民営企業に動意をもたらす可能性は高いと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3052.html)

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