世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3036
世界経済評論IMPACT No.3036

中国第2四半期のGDPを読む:デフレの様相強まる

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.07.24

 7月17日,中国国家統計局は第2四半期のGDP成長率を発表した。前期の4.5%を上回る6.3%である。5~6月にかけて,輸出や投資といった主要な経済指標が前月割れとなるなか,これらの総体であるGDPが前期比を超える伸びを見せた理由は,前年第2四半期の成長率が上海ロックダウンなどの影響により0.4%と極めて低いものであったことによる。ちなみに,2021年と比べると今年第1四半期は9.5%,第2四半期は6.7%の伸びとなる。中国経済の成長は明らかに減速している。

 消費は4月に18.4%という高い伸びを見せたが,5月には12.7%,6月は3.1%と息切れ傾向が顕著だ。農業部門を除いた固定資産投資は1−2月の5.5%から月を追うごとに低下し6月には3.8%となった。輸出は5月に7.5%のマイナスとなり,6月にはさらに12.4%と落ち込み幅を拡大させた。

 株式市場も冴えない。ハンセン指数,上海300指数いずれも1〜7月の値動きはマイナスである。人民元もドルに対し弱含んでいる。

 経済の減速が明らかになっているのと同時に,デフレの兆候も出ている。消費者物価上昇率は1月の2.1%から趨勢的に低下し,6月にはついに0%となった。6月に公表された国内70都市の新築住宅価格は40を超える都市で下落を見せた。商業用不動産のテナント料もこの1年で15%程度下落している。飛ぶ鳥を落とす勢いのEVは5~6月で前年同月比60%近い販売の伸びを見せたが,テスラが仕掛けた価格戦争により各社値下げ競争に巻き込まれ,台数は増えこそすれ単価は下落一方という状況に陥っている。消費者の財布の紐も固くなっている。高級ブランド品の販売は昨年だけで20%以上減少した。その一方,中古ブランド品の販売金額は20~30%の勢いで増加している。湖南省のナイキ,広東省のビクトリア・シークレット,浙江省のアディダスやニューバランスは売り上げ低下による生産ラインの縮小や工場移転を迫られるようになっている。飲食関連の消費は二けたの伸びを続けているが,成長の主体は,沙県小吃といった客単価50~100元程度のチェーン店である。単価300元以上の飲食店は依然苦戦を強いられているようだ。

 原材料や食料品の国際価格が上昇する中,中国の物価上昇率は,ついに日本を下回る水準まで低下した。国内需要が伸び悩む中,輸入価格の上昇分を製品価格に転嫁できないため,企業収益も縮減している。売り上げ2千万元以上の製造業企業の税前利益は1〜5月で18.8%減少した。食品加工,アパレル,化学繊維,鉄鋼,非鉄金属などは50~100%もの減益となっている。企業収益の悪化は賃金と雇用を直撃する。約3億人を数える農民工の殆どが非正規雇用と言われる。現地メディアの報道によれば,北京市通州の労務市場で募集されるアルバイト荷役員の日給(12時間労働)は200元から170元に低下したという。国家統計局は昨年の農民工の平均月収は4%増加し4,615元になったとしているが,50歳を超えた農民工が飲食店の雑役で稼ぐ金額は一日12時間働いて月2,400元という。不動産不況により建設現場から離れた労働力は約400万人,飲食業界でも数百万人がゼロコロナ政策の中で職を失った。これらを吸収しているのが,運輸関連業界であり,搬送や倉庫の荷役作業,あるいは雑役といった職を提供している。需要が供給を上回っているため,賃金の引き下げ圧力は強い。また,今年の大学新卒は前年よりも100万人増えているが,就職戦線は一層厳しさを増している。大卒初任給は月5千元が相場と言われていたが,今年は3千元との声も聞こえる。「企業収益悪化→賃金下落圧力→消費の伸び悩み」という悪循環が生まれつつあるように見える。

 今月末,党中央政治局会議が北京で開催される。前回4月末に開かれた政治局会議のキイワードは「元気がない」だった。今回のキイワードは「デフレ」となるかもしれない。中国の党・政府は,日本の不動産バブルの処理やその後の「失われた30年」を仔細に研究していると言われる。議論されるのは需要喚起策だろう。外需の拡大は当面見込み難い。消費拡大の原資となるのが個人預金である。預金残高は右肩上がりで増え続けている。預金総額は4月末で274兆元に達した。この1年間で8%を超える増加である。この金額は中国のGDPの2.3倍,株価時価総額の3.3倍に相当する。金利がわずか1%の定期預金であっても,今年に入って10%以上増加している。騰落が激しい株よりもまだまし,ということなのだろう。

 デフレ傾向を払拭し,成長を加速させるためのカギは,この膨大な預金を消費に誘導することである。2019年以降各地で導入された住宅購入規制は緩和・廃止されつつある。建設中の物件を竣工させるための運転資金も融通されるようになってきた。住宅ローン金利は全国平均で3.7%まで低下している。既存の住宅ローンの低利ローンへの借り換えを促進するかどうかも議論されるようになった。消費クーポンを発行する地方政府も出ている(一定金額の消費に対し割引を行うクーポンであって現金支給ではない)。EV購入に関わる補助制度も延長される。中央政府の財政支出額は1兆元上乗せされた。中小・零細企業に対する追加支援策も検討されているようだ。まさに「千方百計」である。

 中国の消費者が,こうした「誘い水」を前に財布の紐を緩めるかどうかは予断を許さない。利に敏い中国の消費者や企業経営者は,ゼロコロナ政策解除後の党・政府の動向をじっと見ているのだと思う。「千方百計」が我に利ありとの判断が浸透すれば膨大な貯蓄が蠢動し始めるかもしれない。その意味,過度の悲観は禁物である。彼らは転んでもタダでは起きない。

 ただ,ひとつ懸念されるのが天候である。今年の4月以降,中国各地では40度を超える高温が続いている。気温が35度を超えれば屋外での作業は制限される。結果,生産性は低下する。停電でも起これば屋内労働もストップする。第2四半期の景気減速の背景には,こうした天候要因もあるのではないだろうか。高温のため空調などに使う電力消費も急増しており,今年の夏場の電力消費は前年比1億KWHも増加し過去最高になると見込まれている。もし,ゼロコロナ政策解除後の景気回復の足を引っ張る要因が他にあるとすれば,気候問題も見逃すわけにはいかないと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3036.html)

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