世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2968
世界経済評論IMPACT No.2968

G7広島サミットで存在感を高めたグローバルサウス:途上国の債務問題と難航する中国を含む再編交渉

白井さゆり

(慶應義塾大学 教授)

2023.05.23

 G7広島サミットでは,ゼレンスキー大統領が出席したことでウクライナ問題がクローズアップされたが,影の主役はインドを始めとするグローバルサウスであった。グローバルサウスには世界的な食料・エネルギー価格高騰に苦しむ低所得が多く,ウクライナに支援が集中することに不満を募らせている。欧米主導の国際通貨基金(IMF)による金融支援と経済政策プログラムに批判的な国も多い。だからこそ2015年にBRICS銀行(現在の新開発銀行)や中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)が設立されるに至った。AIIBは現在100ヶ国以上が参加する組織に発展している。

 グローバルサウスにとって最大の課題のひとつが対外債務問題だ。G7サミット首脳宣言でも,途上国の債務問題が持続可能な開発目標(SDGs)の達成を困難にしていると指摘した。債務持続性を高めるには債権者との債務再編交渉が必要だ。本稿では,途上国の対外債務問題について解説する。

G20イニシアチブによる低所得国とスリランカの債務交渉

 低所得国経済は,新型コロナ感染症,ウクライナ戦争,世界的なインフレと利上げ,通貨安などで困窮している。このため感染症が蔓延し景気後退に陥った2020年5月には,パリクラブや中国などG20主導で一時的に債務支払いを停止する「債務支払い猶予イニシアチブ」(DSSI)を導入した。適用対象国73ヶ国中,48ヶ国が申請し合計129億ドルの債務返済が停止され,その分だけ資金を国民のために充てることができた。この仕組みは2021年末で終了したが,2021年11月に「DSSI後の債務措置に係る共通枠組」への移行で合意し,債務再編を通じて債務持続性を高める多国間支援が始まった。

 共通枠組へ申請する低所得国は,IMFの金融支援と経済政策プログラム,並びにIMF・世界銀行による債務持続性分析が義務づけられる。債務国は当初の満期が1年以上の全ての公的債権国(公的保証債務を含む)の参加を促す必要がある。原則,債務持続性分析の結果どうしても必要な場合を除けば,債務免除は行わない。また民間債権者にも公的債権国と少なくとも同程度の債務措置を促すよう債務国に要請している。

 アフリカのチャド,エチオピア,ザンビア,ガーナなどが申請し交渉を進めており,チャドについては債務再編で最初の合意に至っている。

 共通枠組はスリランカのような中所得国は対象外であるため,別途,同様な枠組みで債務再編の協議が進められている。今年3月にIMFから4年間の融資が得られおり,今年4月にはフランス,インド,日本が共同議長国として多国間債務交渉を実施しており,中国はオブザーバーとして参加している。

 スリランカの公的債務残高は今年3月に公表されたIMFの報告書でようやく実態が明らかになった。2022年末現在836億ドルの公的債務残高の内の半分が対外債務,半分が国内債務である。約415億ドルの対外債務の中で,115億ドルは国際金融機関(IMF,世界銀行,アジア開発銀行など)からの融資であるが,こうした債務は最初に債務返済が優先され債務再編の対象にはならない。国際金融機関からの債務も債務再編の対象にすると信用リスクが高まり,他の途上国が低金利で融資を受けにくくなってしまうからだ。

 公的債権国からの債務総額は114億ドルで,パリクラブが48億ドル(内,日本が28億ドル),非パリクラブ国が66億ドル(中国が44億ドル,インドが18億ドル)である。中国については大半が中国輸出入銀行によるものだ。残る対外債務の大半が民間からの債務で,債券が136憶ドル,商業銀行からの債務は32億ドル(内,中国開発銀行が29億ドル)である。このほか中国人民銀行からのスワップ協定を通じた人民元建て融資が20億ドル計上されている。上記の中国の記載のある数字を合計すると93億ドルで,国際金融機関からの債務を除く300億ドルの対外債務の3割を占める。一国としては非常に大きい。

中国は世界資金の最大享受国かつ最大債権国

 世界銀行のデータによれば新興国・途上国向けの官民資金流入額(返済額を除いたネット)は2020年現在約9090億ドル(約123兆円)になる。ここにはODAやそれ以外の公的資金,国際金融機関による金融支援,民間のローン・証券投資・直接投資が含まれる。過去10年間のこれらの資金総額の6割(4兆ドル近く)が中国向けだ。この内の6割が直接・株式投資,4割がローン・債券が占める。中国の対外債務残高は2020年現在2.3兆ドルで,名目GDPの16%程度に過ぎず,しかも半分程度が短期債務である。中国の1人あたりGDPは現在12,000ドルを超えており,上位中所得国グループでトップ水準だ。それでも世界資金は中国に集中する。

 同時に,中国は新興国・途上国への最大債権国である。債権総額は2020年に1700億ドルに達するが,その多くは輸送,電力,採掘,通信などが多い。ここには開発援助機関,政策銀行,国有商業銀行による融資などが含まれている。融資先は世界に分散しているが,半分近くをアフリカが占める。このデータには国有企業の融資は含まれていない。途上国の債務再編は中国抜きでできなくなっている。

 政策銀行には中国輸出入銀行や中国開発銀行などがあるが,前者は「公的機関」,後者は「商業機関」の扱いとなっている(前述のIMFデータもこれと整合的)。理由は,前者はごく僅かだが予算による補助金が供与され低金利の譲許的融資の財源になっているからだ。このためDSSIでは商業機関扱いの後者は対象外となった。これらの政策銀行はいずれも商業活動が多く,担保(たとえばコモディティ生産国の場合はその輸出収入)をしっかりとり,しかも債務再編につながらないよう細かな条項がある。商業的融資は市場金利が多く,譲許的融資でも金利は国際金融機関や先進国よりも高めなことが多いようだ。

 政策銀行も国有商業銀行も大半の資金は債券発行により市場から調達している。このため格付けが引き下げられないよう損失をもたらす債務再編とくに債務帳消しには慎重だ。また損失計上は銀行幹部の進退にも影響が及ぶ可能性があり,債務再編は複数の省庁や国務院などの承諾が必要なことも多く難易度が高い。ケースバイケースで債務帳消し行われたこともあるが,返済期間の延長が多い。中国はスリランカやザンビアの債務交渉では相対的に金額が大きいこともあって国際金融機関や他の民間債権者の関与も要請している。国際金融機関を巻き込むことにはパリクラブは反対だ。民間債権者はいずれも格下げや他の債権者によるただ乗りを懸念しているし,多数の債券投資家を交渉につけるのは容易ではなく,交渉は難航している。

 中国はこれまで多国間債務交渉に参加してこなかったが,共通枠組の下で交渉や対話に参加するようになっている。前述したようにそれぞれの金融機関の抱える事情が異なるため,多国間債務交渉では焦らずにひとつひとつ時間をかけて中国の特殊事情を理解しつつ個別の対応が必要になりそうだ。中国からの債務をまとめて取り扱うことが難しい実態は理解しておく必要がありそうだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2968.html)

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