世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2956
世界経済評論IMPACT No.2956

米大統領と議会,デフォルト回避協議を開始

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2023.05.15

 バイデン大統領と議会首脳は,債務上限の引き上げを巡って予定の通り5月9日(火)午後,大統領執務室で協議を開始した(注1)。デフォルトの危機が迫り,急に協議が始まったのは前例がないが,この協議でいくつかの共通認識も生まれた。電子版のニューヨーク・タイムズ(NYT)とワシントン・ポスト(WP)の報道から協議の内容などを見ておこう。

1.迅速な交渉と合意へ

 イエレン財務長官が指摘した6月1日まで僅か3週間余。大統領と議会首脳の初協議が終わった9日の夜から連日事務レベルの交渉が始まり,3日後の12日(金)には第2回の大統領・議会首脳協議が行われる(一部報道では15日の週に延期)。今後の議会との交渉のため,9日の協議には,ジェフ・ザイエンツ大統領首席補佐官,シャランダ・ヤング行政管理予算局長,および議会担当補佐官が陪席した。

 バイデン大統領が「債務上限の引き上げが,現在,唯一無二の最重要課題であり,解決されなければ,G7広島サミット(5月19~21日)もシドニーのQuad(同24日)も欠席する(“possible, not likely”)」と述べたことも,事態の緊急性を示している。

2.「デフォルトは選択肢ではない」,「短期の債務引き上げはしない」

 今回の協議でも,バイデン大統領は無条件の債務上限引き上げ,マッカーシー下院議長は債務上限の引き上げは大幅な歳出削減が前提,との主張を変えていない。しかし,バイデン大統領もマッカーシー議長もデフォルトを回避すると明言している。

 また,バイデン大統領が「デフォルト回避により楽観的になった」と初めて発言したことは,下院成立法案(HR2811)に盛り込まれた歳出削減の中身の検討が始まる方向を示したものと受け取られている。しかも,ホワイトハウスもマッカーシー議長も2011,2013年のように短期の債務引き上げ策をとらないとしている(注2)。

3.「憲法修正14条第4節は援用しない」

 憲法修正14条第4節は,「法律によって認められた合衆国の公的債務の有効性は問われてはならない」と規定している。これに対して,議会が債務上限法によって上限を超える公的債務の履行を制限していることは,この憲法条文に反するとの議論(注3)がある。債務上限に拘束されることなく国債を発行できれば,デフォルトは起こり得ないことになるが,この解釈は未だ司法の判断を受けていないため,政府が実行すれば多くの訴訟が起こされるのは必至と言われる。こうしたことから,バイデン大統領は9日の協議後,メディアの質問に答えて,「憲法修正14条が現在直面している問題を解決するとは思わない」と述べた。

 バイデン大統領が明言した,デフォルト回避の手段として修正14条第4節を使わないとの方針は,政府が議会を無視し,一方的手段をとってデフォルトを回避することはしないというバイデン流の政治方針でもある。このことから,デフォルト回避策として頻繁に俎上に上る1兆ドルのプラチナ・コインとかプレミアム債券の発行といった非現実的手段(注4)を,バイデン大統領がとることはないことが,改めて確認された。

[注]
  • (1)債務上限引き上げ問題の経緯については「米国の財政民主主義とデフォルト危機」(本誌5月8日付,No.2946)参照。
  • (2)2011年と2013年の政権はオバマ大統領,バイデン副大統領。
  • (3)Laurence H. Tribe, Why I Changed My Mind on the Debt Limit, NYT, May 7, 2023.
  • (4)Paul Krugman, A few ways to get out of this debt ceiling mess, NYT, April 18, 2023. Moody’s Analytics, Going Down the Debt Limit Rabbit Hole, March 2023.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2956.html)

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