世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2907
世界経済評論IMPACT No.2907

問われるGoogleのレコメンド・アルゴリズム:通信品位法230条をめぐるゴンザレス裁判

古川純子

(聖心女子大学 教授)

2023.04.03

 6月に,プラットフォーム企業に深刻な影響を及ぼしかねない判決が米国最高裁から出されることになる。2015年パリの同時多発テロで犠牲となったアメリカ人大学生ノエミ・ゴンザレス氏の父親が,Googleを相手に訴訟を起こした。原告の主張は,Google傘下のYouTubeが,「イスラム国(IS)」の動画について削除を怠った部分があり,同社のアルゴリズムがISの動画を上位にランクさせ推奨したことがテロの誘因の一つになった,またコンテンツ経由の広告収入がISの資金源になった。それゆえ反テロリズム法に従えば,損害賠償責任が生じるというものである。2017年にトルコで起こったISのテロを巡っても,同様の裁判が対Twitterでタムネ氏によって起こされている。

 これらの訴訟は,ここまでプラットフォーム事業を保護してきた通信品位法230条に関する重要な論点を含んでいる。通信品位法230条は1996年のインターネットの黎明期に制定された。インターネットの商用解禁は1992年であり,Googleの設立は1998年,Twitterの設立は2006年であるから,現在のように高度なSNSは想定されていなかった。当初はわいせつなコンテンツから子供を守る規制を企図されたが,言論の自由を重視する見地に立って1997年に米国最高裁判所から違憲の判決が出され,一転して,①第三者が発信する情報について原則として責任を負わず,また,②有害なコンテンツに対する削除等の対応(アクセスを制限するため誠実かつ任意にとった措置)に関し責任を問われない,という現在のかたちに改正された。

 これまで裁判所の解釈は概ねこの方針に則っており,なりすまし投稿,人身売買広告やテロリストによる投稿の掲載,運営会社が裁量で行う削除,違法な投稿の削除に常時かつ即時に対応することができなかったという事態から,プラットフォーマーは免責されるというものであった。とはいえ,児童ポルノなど違法なコンテンツ,ルールを逸脱したコンテンツについては,存在を認識し次第削除を行っている。

 しかしトランプ大統領は,この法律を盾に自身のコンテンツが削除されることに腹を立てた。プラットフォーマーによるコンテンツの検閲の条件を明確化する旨の大統領令を2020年に出したが,トランプの大統領選敗北後に連邦通信委員会(FCC)は検閲条件を明確化する意向はないという方針を発表した。

 このゴンザレス裁判の核心はプラットフォーム機能の中核に及ぶ。すなわち,通信品位法230条は第三者の発信情報についてプラットフォーマーを免責するが,もしレコメンド・アルゴリズムがプラットフォーマーの意図なら,プラットフォーマー自身が提供するアルゴリズムも同様に免責されるのだろうか。ここでは,プラットフォーム機能の中核にあるレコメンド・アルゴリズムそのものが問われているのである。

 最高裁の判決は,勝敗のいかんにかかわらず通信品位法230条が抱える自己矛盾を浮き彫りにする。もし,最高裁が,通信品位法230条の広範な免責規定の見直しもしくは廃止を認めれば,その影響はインターネット全体に及ぶ。Google,YouTubeを提供するAlphabetやFacebook,Instagramを提供するMeta Platforms,TikTokを提供するByteDanceなどレコメンド・アルゴリズムで成立している各社は中立とは見なされず,情報に責任を持つことになり,今後際限のない訴訟に引き込まれることになろう。Meta,Twitter,Microsoftは,万一YouTubeに法的責任があるという判決になれば,インターネットが根底から覆される悲惨な結果になるという意見書を最高裁に提出した。

 また,見直し判決はユーザーにも影響を及ぼす。たとえばWikipediaのようにユーザーが自発的にコミュニティ・モデレーション・ルール(メンバーが生成したコンテンツをモデレートするためのコミュニティ用のルール)を作って編集・管理しているサイトで,情報が問題を引き起こした場合,一般のユーザーが責任を問われる可能性も指摘されている。さらに,もしアルゴリズムが,生成するコンテンツに責任を負うことになれば,ChatGPTやBardなど対話生成型AIがもたらす将来的問題に対しても,責任論の領域が拡大しかねない。

 一方で,通信品位法230条を現行のまま認めるということは,アルゴリズムはプラットフォーマーの生産・提供物であることに疑う余地がなく,それがコンテンツのランク付けなどの情報の編集を行っている周知の事実を前に,責任は全くないのかという争点がこの巨大利権に対してくすぶり続けるであろう。実際バイデン政権は,フェイクニュース,ヘイトスピーチ,過激派の投稿などの蔓延に対して230条の免責範囲を見直すべきという意見を持っている。

 通信品位法230条は,ここまでインターネット上のビジネスを興隆させるために重要な法律であり続けてきたし,今もそうである。言論の自由とフェイクニュースや有害コンテンツとの相克,そこに乗るアルゴリズムのはたらきは,SNSが社会インフラの中枢になればなるほど思わぬ方向に波紋を広げる。いずれにせよ変更はインターネット生態系を大きく変質させることになるので,その対応は単純ではない。通信品位法230条をめぐる法的・政策的議論は,今後さらに続けられることになろだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2907.html)

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