世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2884
世界経済評論IMPACT No.2884

動き出した中国のユーラシア平和外交

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.03.20

 3月10日,北京においてサウジ・アラビアとイランが中国の周旋により,2016年以来途絶えていた国交回復協定に調印し,2か月以内にそれぞれの大使館を開設することで合意した。この合意書には別途安全保障にかかわる秘密協定も含まれている。それぞれにとって不倶戴天の敵とも言える関係が国交再会と安全保障面での協力関係樹立という劇的な改善に至ったのは,「両にらみ」が可能な中国の立ち位置,そして国際政治の「潮目」の大きな変化をとらえた中国の周到な根回しがあったからだと思う。

 まず,中国の立ち位置について見ると,サウジは中国にとって最大の原油輸入先である。中国の2021年の国別原油輸入シェアを見るとサウジが17%で第一位である。また,サウジの国別輸出シェアは,中国がトップで20.2%,第二位のアメリカの10.7%を大きく引き離している。中国の2005年から2021年の中東・北アフリカ向け直接投資累計額は2,139億ドルに上るが最大の投資先はサウジで,累計金額は435億ドルに上る。一方,イランにとっても中国は輸入総額の25%を占める最大の貿易相手国である。2018年には,中国湖南省の長沙とテヘランを結ぶ中欧班列の支線も開通した。また,中国はイラン産原油の最大の買い付け国でもある。原産国をオマーンやマレーシアに換えることにより,イラン原油の28%が中国向けに輸出されている。2021年には,中国とイランとの間で爾後25年間に渡って総額4千億ドルの投資を中国が行う投資協定が締結された。核開発問題により欧米の経済制裁を受けているイランにとって中国との貿易は生命線であると言える。サウジ,イラン双方にとって中国は非常に重要な貿易・経済のパートナーと言える。また,中国にとって,サウジとイランは習政権が進める一帯一路構想の沿線に位置する大国でもある。

 次に,2021年8月のアフガニスタンからの米軍撤退,そして翌年2月に発生したロシアによるウクライナ侵攻は,欧米主導型の国際秩序を大きく揺るがせた。前者は,アフガニスタンに駐留していたNATO加盟国軍に対する事前の根回しなしに突如行われた。加盟国のアメリカに対する怒りと不信は大きかったはずだが,それに加えて,中東安定の支えとしてのアメリカに対する中東諸国の信頼は揺らいだ。また,ロシアのウクライナ侵攻は,欧米を結束させた一方で,それ以外の国々に対し自由と民主主義か,それとも権威主義かという二者択一を強いた。これが中東・アフリカ諸国の欧米に対する不信と不満を高めた。それ以前から中東諸国の欧米に対する不満はくすぶっていた。2003年に起こったアメリカ主導のイラク戦争は,イラクの大量破壊兵器保有というでっち上げの理由に基づくものだった。2011年におこった「アラブの春」をきっかけに起こったリビアとシリアの内戦には,欧米諸国が介入した。イラク,リビア,シリアは荒廃の一途をたどった。2016年に起こったシリア難民危機に当たり欧州はこれらの締め出しを図ったしかし,ウクライナからの難民は欧州諸国に積極的に受け入れられ手厚い保護と支援を受けた。2022年11月にカタールで開催されたFIFAワールドカップでは,カタールの人権問題が欧米によって糾弾された。米軍のアフガニスタン撤退とウクライナ戦争は,中東諸国と欧米との心理的な距離を相当広げたのではないだろうか。

 こうした潮目の変化を見て,中国が動いた。昨年12月には習近平国家主席がサウジを訪問し,GCCサミットに出席した。ホスト国であるサウジの歓迎は7月のバイデン大統領訪問を上回るものだった。サウジを不倶戴天の敵とみなすイランはこれに強い不満を表明したが,中国政府は,胡春華副首相を特使としてテヘランに派遣した。ライシ大統領に散々嫌味を言われたとの報道もあるが,このときサウジとの和解も話合われたのではないか。そして今年の2月,ライシ大統領の北京訪問と習近平国家主席との会談が実現した。そして3月,サウジ,イラン両国の安全保障担当トップが北京を訪問し,王毅外交主管政治局員立ち合いの下で国交回復協定に調印した。なお,両国の北京訪問にあたっては別途秘密会合が持たれ,両国の安定を揺るがす安全保障,軍事,報道に関わるいかなる行為も行わないことが約定され,その具体的な対象も特定されたという。

 中国の周旋活動が奏功したのは,中国が対立の当事者ではなかったこと。中国との経済係がサウジ,イラン双方にとって極めて重要であったこと,左記の両国ともに「対立のコスト」を重荷に感じていること,などが背景にあると思う。

 この経験は,おそらくウクライナにおける停戦・和平交渉にも生かされるだろう。3月16日,泰剛国務委員とウクライナのクレバ外相が電話会談を行った。数日以内にもゼレンスキー大統領と習国家主席との電話会談が行われるという。そして3月第四週にはモスクワでの習・プーチン会談が予定されている。

 ウクライナ戦争が始まって400日が経とうとしている。双方の被害は甚大だ。Royal United Services Instituteの推計によれば,①兵士の損失:10万人以上,捕虜3,500人。②インフラの損害総額:1,378億ドル,344の橋,440の学校,173の病院が破壊。③産業:事業会社の47%が営業停止,鉄鋼生産は70%減,農業生産は40%減,耕作地の26%が戦争被害を受ける。④民生:3百万人が食糧不足の状態。避難民総数は8百万人,国内避難民は5百万人,戦闘地域の住民1千万人がストレスによる精神疾患の可能性あり。出生率は1.16に低下。⑤GDP・財政:2022年のGDPはマイナス30%,月間30~40億ドルの財政支援が必要。ロシアの人的被害は20万人を超えるとも言われる。

 中国がウクライナ戦争の停戦交渉を成功裏に仲介できるかどうかは予断を許さない。しかし,サウジ・イランの国交回復を周旋した中国の外交力とそれを支える経済力を考えればなんの成果ももたらさないということは考えにくい。5月のG7広島サミット前に,北京で停戦協定が締結される可能性も否定できない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2884.html)

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