世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TSMCの線幅3nm技術:Rapidusの挑戦
(九州産業大学 名誉教授)
2023.02.13
半導体のサプライチェーンは,1970年代ごろは設計,製造,封止を一社で行うIDM(垂直統合型)が主流であった。その代表はインテル,サムスン電子および日系企業などであった。残念なことは,90年代以降,日本企業は半導体競争で後れをとるようになった。
しかし,1980年以降,TSMC(台湾積体電路製造)の創業者張忠謀(モリス・チャン)は独創的な半導体の製造委託専門のビジネスモデルを開発した。モリス曰く,「台湾は半導体サプライチェーンの川下にあたるブランド力や販売領域,または川上の部品の開発やソフト設計領域(ファブレス)では,欧米と戦うには勝ち目がない」。「しかし,台湾人は手先が器用のため,製造委託に特化したファウンドリービジネスに,全力を投入すると,一席の地位を保てる」と指摘した。それが,工業科学技術研究院(ITRI)からスピンオフ時に選択したビジネスモデルであった。そして,TSMCは「世界最大のファウンドリー企業」として認識されるに至った。
ムーアの法則(Moore’s law)とは,集積回路あたりの部品数が平均1.5年~2年に2倍になると予測し,大規模集積回路(LSI IC)の製造・生産における長期傾向について論じた1つの指標であり,経験則による将来予測である。1枚のチップ(a chip)に集積される部品数(トランジスタの個数)は,プロセスの微細化とチップ面積の拡大の2つの要素の掛け合わせで増加する。ムーアの法則の公式は,集積回路上のトランジスタ数は「2年ごとに倍になる」というものである。
原則上,TSMCはムーアの法則に沿って,2年ごとに次の線幅の微細化に向かっている。近年,TSMCがアップル向けのiPhoneに搭載される半導体チップからも検証することができる。2016年のiPhone7のA10の線幅は16nm(ナノメートル),2017年のiPhoneX/8のA11は10nm,2018年のiPhoneXSのA12は7nm,2019年のiPhone11のA13は7nm+EUV,2020年のiPhone12のA14は5nm+EUV,2021年のiPhone13のA15は5nmプラス,2022年のiPhone14のA16は4nm,2023年のiPhone15のA17は3nm(予定)である。この趨勢によると,2025年のiPhone17は2nmを予定している。線幅の微細化が「ムーアの法則の極限」に迎え,1nm以下になると,Å(オングストローム,1Å=0.1nm)という原子や分子の大きさ世界に入り,真の「極限から終焉の世界」を迎える。
2022年8月に,日本の主要企業8社の支援を受けて設立されたRapidus(ラピダス)は,2020年代後半にプロセス・ルールが2nm以下の先端ロジック半導体の開発・量産を行うことを目指している。しかし,現在のTSMCの実力の線幅3nmの世界は,コロナウイルスの大きさの10nmよりも3分の1以下の大きさ,私たちの髪が1秒間に生える長さは3nm,爪が3秒に生える長さが3nmであることを考えれば,現在のTSMCの技術力は,既に肉眼では見ることができない(電子顕微鏡しか見えない)「神業」の領域に達している。
現在,TSMCの3nmの顧客は,主にアップル,Nvidia(エヌビディア),AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ),インテルなどで,AI(人工知能)半導体,CPU(中央演算処理装置),GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)の製造に限られている。現在のスーパーコンピューターや米国防省向けのF-35戦闘機やミサイルなど軍用チップも,線幅5nmや7nmを使用する。TSMCは創業初期に半導体チップを製造することができたが,実績がないため受注が少なく,業績は芳しくなかった。「台湾政府の支援100億台湾元をかけた計画は失敗したか」と業界や世論から厳しい批判を受けた。
サムスン電子は2022年6月末に線幅3nmチップを世界初の量産化したと発表したが,それ以降,稼働率(良品率)が芳しくなく,TSMCの3nmの量産化は2022年第4四半期からであるが,「TSMCの3nmチップの良品率は今の5nmチップに遜色がない」と株主説明会で発表があり,上記に述べた顧客から多くの受注を集めている。
サムスン電子の線幅3nmチップは「GAA(Gate All Around)」構造で,TSMCの3nmチップは「Fin FET(Fin Field-Effect Transistor)」構造である。「Fin」とは魚の鰭(フィン)を縦に立つ構造であり,TSMCの5nm,4nmと3nmが使われ,2nmになると「GAA」構造を採用する。そういう意味で線幅2nmになると,TSMCとサムスン電子の真なる競争になる。
現在,日本で使われる半導体は,主には線幅28nmの家電やEV(電動自動車)であり,最先端の3nmの半導体ではない。これはTSMCが熊本県菊陽町に設けた線幅28nm~12nmの工場であることからもわかる。前述で述べたように,このテンポで進めると,TSMCは2025年に「2nmの世界」に入る。Rapidusが2年後の2025年にTSMCに追いつくことは不可能ではないが,極めて困難であろう。
[参考文献]
- 朝元照雄「世界最大半導体受託企業TSMCの技術力:熊本県菊陽町に新工場設置を決定」『世界経済評論』通巻718号,2022年Vol.66,No.1,1・2月号。
- 朝元照雄『台湾の企業戦略』勁草書房,2014年,第1章「台湾積体電路製造(TSMC)の企業戦略」を参照。
- 朝元照雄「なぜ,TSMCが世界最大のファウンドリーになったのか」世界経済評論Impact No.2713,2022年10月17日。
- 朝元照雄「半導体産業サプライチェーンの解明:供給面からの考察」世界経済評論Impact No.2699,2022年10月3日。
- 朝元照雄「TSMCの6大顧客:iPhone14はN4Pを決定」世界経済評論Impact No.2517,2022年4月25日。
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