世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2803
世界経済評論IMPACT No.2803

黒田日銀の政策転換を受けて:首相の在任期間と経済政策の関係を再考

小原篤次

(長崎県立大学国際社会学部 准教授)

2022.12.26

 12月,2012年秋以降,10年間も継続していた日本銀行の金融緩和政策は転換点を迎えた。筆者が金融政策について論考を公表するのは,6月17日の金融政策決定会合を受けた(2022年6月20日)以来である。今回は「任期」に焦点を当てて考察する。

 長期の金融政策を継続出来たのは安倍晋三首相が在任期間で歴代政権トップであることを抜きには説明できない。

 改正日銀法(1997年成立)で日銀の独立性が明確になったものの,総裁・副総裁・審議委員は国会の同意が必要で内閣が任命する。この点で政治の関与は避けられない。

 歴代首相で在任3年を超えたのは12人。このことが民主主義で選挙を意識した政策になりがちな中で,経済政策目標をより短期的なものとしているという懸念を強く持つからである。日本銀行政策委員会審議委員の任期は5年間である。イギリス銀行金融政策委員会委員の3年間よりは長いものの,FRBの14年間,ECBの8年間には及ばない。

 すでに,著者は,日本の首相や自民党総裁の任期については「日本の短命政権は異例,在職期間を延ばす制度変更も検討を」(『朝日新聞』デジタル版2012年12月22日)で考察し,最後に「⽇銀総裁ポストを,極端な政治的な駆け引きの場にしないためにも,⾸相や政権の在職期間を延ばすのは経済政策にも有益になる」と提言している。

 日本で「国際経済」や「国際金融」の講義を担当して,学生に実際の経済政策を考えていただくうえで,日本銀行の金融政策は重要である。こう考える経済学者は少なくない。

 大学・大学院で要人の任期を表現すれば,9年間は学部入学から最短の大学院修了,5年間は最短の大学院修了,4年間は学部,3年間は博士課程,2年間は修士課程である。

 70年代以降,米国が牽引する世界的な現代経済学の潮流は財政より金融を重視してきた。この点は,浜田宏一氏を通じて安倍晋三元首相のアベノミクスとして採用されている。

 もうひとつの潮流(注1)は,自民党が送り出す歴代内閣総理大臣の経済政策の系譜だ。80年代以降の40年間,中曽根康弘首相の行政改革,日本国有鉄道,日本電信電話公社などの民営化,より一般的な経済用語では,市場重視の経済政策が採用された。

 次は,1996年,行政改革,財政構造改革,社会保障構造改革,経済構造改革,金融システム改革(金融ビッグバン),教育改革と,合計6つもの野心的な政策を掲げた橋本龍太郎首相である。そして橋本氏と派閥は違うものの,後任の小泉純一郎首相が,竹中平蔵氏を経済専門家として重用して,郵貯改革,労働派遣法の改正,そして金融関係では,1997年の金融危機後,続く大手銀行支援で最後に残されたりそな銀行に着手した。そして,安倍首相とアベノミクスを迎えることになる。

 首相任期は,安倍氏が歴代トップ,6位が小泉氏,7位が中曽根氏,橋本氏は17位である。中曽根氏は2019年,101歳で亡くなった。政財官に報道も含めて退任後の中曽根氏を訪ねる人は途絶えなかったのだろう。

 少し時代をさかのぼると財政が重視された時代があった。経済学のケインズ派の転換点は1970年代の2回にわたる石油危機の時期だ。田中首相が72年に誕生する。過去40年間の積極的な財政主導の象徴は田中派の系譜にあたる小渕首相である。田中氏の任期は歴代18位,くしくも田中氏を慕った橋本氏と並ぶ。両氏の任期は順位としては上位。だが3年間にも至っていない。首相在任期間で4年間を超えたのは,安倍・小泉・中曽根氏,桂首相,佐藤首相,伊藤首相,吉田首相,池人首相の8人だけ。

 22年6月から12月の半年間に絞って振り返る。日銀は年間4回,展望レポートを発行。10月のレポートでは,「消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は,本年末にかけて,エネルギーや食料品,耐久財などの価格上昇により上昇率を高めたあと,これらの押し上げ寄与の減衰に伴い,来年度半ばにかけて,プラス幅を縮小」と予想。6月・12月の黒田総裁の会見でも中央銀行が最も重視する物価の見通しを変えたわけでもない。さらに12月20日の会見で,政策変更の説明の直後,金融市場について,「本年春先以降,海外の金融資本市場のボラテリティが高まっており」と,この半年の変化ではないのである。

 半年間で何が変わったか。国内の政治情勢が大きく変化した。アベノミクスの効果は円高から円安をもたらし,2%以上の物価上昇を目指した。円安には輸出に効果がある。安倍氏が7月に亡くなられ,9月になると,財務省・日銀は9月に為替介入。安倍氏のブレーン浜田氏はこれまで為替介入の効果を評価してこなかった。

 経済・金融の予想を踏襲しながら日銀の金融政策は変わった。安倍氏が存命なら現実の為替介入・金融政策はどうかと思考実験をしまった。最後に岸田首相が支持率に焦れば焦るほど,政策目標は短期間になりかねない。そのことが政権の短命化につながるのだろう。経済政策にも政権の安定度が欠かせない。

[注]
  • (1)一つ目の世界的な現代経済学の潮流と二つ目の日本の経済政策の潮流の間には欧米の経済政策の潮流があるが,ここでは省略
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2803.html)

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