世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2785
世界経済評論IMPACT No.2785

希望連盟の復帰とアンワル連立政権

小野沢純

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.12.12

 11月19日の総選挙の結果,アンワル・イブラヒム政権が誕生した。今回の総選挙から新政権までの流れはこれまでにない展開となり,マレーシア政治に新たな変化をもたらしている。

 下院選(定数222)の結果,過半数(112議席)を達成した政党がいない。マレーシアの総選挙史上初めての出来事だ。最大の勢力となった希望連盟(PH)でも82議席,次いで国民連盟(PN)74議席,2013年選挙まで常勝だった国民戦線(BN)は30議席の第三勢力に陥った。

 そこで主要連合政党間の連立交渉,さらには国王の介入あるいは調停によって,アンワルが率いる希望連盟を中軸に第三勢力の国民戦線とサラワク政党連合(GPS)23議席,サバ人民連合(GRS)6議席,その他弱小政党7議席から成る大連立政権(148議席)が選挙の1週間後にようやく樹立した。第二勢力の国民連盟―全マレーシア・イスラム党(PAS)とマレーシア統一ブミプトラ党(Bersatu)ーは,国王の意向に従わず連立に不参加,野党の立場を堅持することとなった。これでアンワル新政権は下院の3分の2を確保したことになり,政権安定を自負している。

注目すべき政治変化

 今回の選挙で注目すべきことは,第一に解散時の17議席から一挙に49議席を獲得した全マレーシア・イスラム党(PAS)が2位の民主行動党(DAP)を追い越し,今やマレーシア最大の政党に躍進したことだ。その要因はこれまで統一マレー人国民組織(UMNO)を支持していたマレー人たちがUMNOの汚職体質と指導部への不信によりPASへ票が流れたことによる。イスラム勢力が強まったというよりもマレー人若者を含むUMNO批判票がPASへ向かったといえる(Bersatuへもかなり流れた)。それだけUMNOの落ち込みが著しい(解散時38議席から26議席へ)。今回の選挙でマレー農村部や半都市部のマレー人および都市部の貧困マレー人層はUMNOを拒否し,マレー人保護者役をUMNOから国民連盟(PAS+Bersatu)へシフトさせたという説が有力だ(注1)。

 第二に,サバ州・サラワク州の東マレーシアの地域政党(合計29議席)がアンワル連立政権をもたらしたキャステイング・ボートを握っていたことだ。GPSは18議席から23議席に増加し,GRSも2議席から6議席に増えている。2018年の政権交代で約束された1963年マレーシア協定(MA63)の実行がマハティール政権崩壊後は放置されたままであるため,アンワル新政権が改めて取り組まざるを得なくなる。

アンワルは変節したのか

 選挙後の大連立政権結成に際してアンワル首相らに不審な点があり,政権運営は大丈夫だろか。

 これまではIMDB(ワン・マレーシア開発公社)の大規模汚職に塗れたナジブ元首相らが指導するUMNOに対して希望連盟は敵対する立場にあったのにアンワル首相は,連立交渉になると一転してUMNO/国民戦線と手を結ぶことにした。しかも組閣では汚職で公判中のザヒドUMNO総裁を副首相兼地方地域開発相に登用した。来年1月から公判(47件もの汚職容疑)が再開され,有罪の可能性がきわめて高いのにアンワル首相はなぜそのザヒト被告を重用するのか明らかにされていない。有罪となれば,希望連盟の政権公約だったクリーンな政治に期待して投票した有権者を裏切ることにもなり,アンワル政権に打撃となる。さらに,皮肉にも衰退気味のUNMOに救いの手を差し伸べのことになったのがアンワル首相となる。原理原則よりも目前の政権掌握と念願の首相の座を優先したのだろうか。

 ただ,選挙前から希望連盟はUMNOを含めた各政党との協力関係を求めて議論してきた,と民主行動党(DAP)のアンソニー・ローク幹事長や希望連盟のサイフデイン幹事総長がアンワル首相を擁護している(注2)。

 12月19日に初めて招集される国会(下院)で,アンワル首相は自ら信任投票の動議を出し,首相の正当性を問うことになる。

希望連盟の原点に戻るか

 今回の総選挙はそもそも変則的だった。2018年の政権交代選挙で敗れた側のUMNO/BNが5年任期を待たずに2年目に選挙せずにマハティール政権を乗っ取ったものの,ナジブ棟梁釈放という肝心の目標がムヒディンとイスマイル・サブリの二つの傀儡政権では達成されないのに苛立ったUMNOナジブ陣営は直接権力を掌握するために総選挙を早めたのだ。しかし,選挙民はUMNOの野望を認めなかった。

 大型連立政権ゆえに,“同床異夢”,“呉越同舟”,政策や政治姿勢が相対立する希望連盟とUMNOはどうやって調整するか課題が大きい。しかし,91議席から82議席に後退したものの政権に復帰した希望連盟は,2018年の政権交代当初の理念に立ち戻り,中途半端で終わった各種の政治改革(政治資金規正法や法制局と検察当局との分離など)や経済政策(2030年繁栄の共有構想など)に再着手すべきだろう。97歳で出馬したが,落選したマハティール元首相も希望連盟の初志貫徹を期待しているに違いない。

[参考文献]
  • (1)“The return of Anwar-Clive Kessler”, Malay Mail, 30 Nov 2022.
  • (2)“Kabinet Perpaduan:Usaha rundingan bermula sebelum PRU, Anwar mahu politik inklusif-Saifuddin Nasution”, Astro Awani, Disember 4,2022.
  •    “Kian Ming:Cooperation with UMNO already mulled by DAP sec-gen Anthony Loke in Aug”, Malay Mail, 5 Dec 2022.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2785.html)

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