世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2686
世界経済評論IMPACT No.2686

習・バイデン,双方のレッドラインの間探り合い

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2022.09.26

 バイデン大統領が,米国の台湾防衛を,再び明言した。

 ワシントン発の情報に依れば,大統領はテレビのインタビュー番組の中で,「中国が台湾を攻撃すれば,米軍が防衛する」旨,明快に言い放った由。大統領の,この類いの発言は,これで4度目。最初は,就任後約半年を経た2021年8月,次いで10月,そして3度目は日本訪問中の本年5月。その都度,ホワイトハウスが,大統領発言を米国の公式見解でないと否定する構図も同じ。対して中国が,「国家を分裂させる,いかなる行動も容認しない」と反論する構図も亦同じ。

 更に今回,同じTV番組の中でバイデン大統領は,台湾の独立を巡って(恐らくは,ウクライナ情勢を念頭に)「台湾が自身で決めることだ」とも突っ込んで発言,物議を呼んでいる。この発言も,直後には,国家安全保障会議でインド・太平洋問題を担当するキャンベル調整官の「米国の政策は一貫している」との説明で,既定路線の変更ではない旨,確認されてはいるが・・・。

 何故,バイデン大統領は,“米国の公式見解と異なる”発言を,次々繰り返すのか・・・・・・。

 思うに,長いワシントン・キャリアを持つ,バイデン大統領は「言葉が政治・外交の有効な武器である」ことを知り抜いている。米国大統領の言葉が,相手国(この場合は中国)の関心事を直撃,故に,中国が,激怒して,発言の真意を問うてきた場合,或は,取り消しを求めてきた場合,その問い合わせや要求が亦,米国に交渉上のレバレッジをもたらすことになることを・・・・・・。つまり発言は,意図的なのだ。

 しかし,こうしたバイデン流の言葉による揺さぶりへの,相手側中国の反応も,次第に落ちついたものになってきた。米国の意図が明白となり,何処にレッドラインが敷かれているか,わかってきているからだ。

 だから,中国の習主席は,対米姿勢を“これ以上強硬化”させる素振りを見せない。

 9月15日,ウズベクスタンでの上海協力機構,その中ロ首脳会談での席上,プーチン大統領が極端に中国傾斜を演ずる中,習主席は,「中ロそれぞれの核心的利益に関する問題で,両国は互いに力強く支持し合う云々」といった原則論を述べたが,それ以上の軍事的対ロ支援には一歩も踏み出そうとはしなかった。

 更に,中国は,ロシア首脳との会談後の共同声明すら出さなかった。報道では,同日のプーチン大統領出席の夕食会にも,習主席は欠席したという。恐らくは,その理由も,これまでの度重なる米中高官会議を経て,米国の“ウクライナ情勢と台湾情勢とを同一視する見解”を知り,中国のウクライナ問題への“のめり込み”が,下手をすると,台湾への米国の一層の“のめり込み”を惹起しかねない,と懸念したからではないのか・・・・・・。仮に,そういう見方が,当らずとも遠からずだとしたら,ウクライナでの中国の行動の奈辺に,米国がレッドラインを敷いているか,中国にはわかっている,ということになるわけだ。

 もっとも,そんな中国の,中ロ蜜月を曖昧にする態度の中でも,習主席は,ロシアの中国接近熱を利用して,ちゃんと実利だけは取っている。たとえば,同じ15日,中国海軍は太平洋で,ロシア海軍と共同で合同パトロールを開始したが,そうした報道はもっぱらロシア側から漏れ出るばかり。ロシアにとって,ウクライナ戦争での米国の東からの圧力に備えるためだろうが,この類の海軍演習,中国にとっては台湾有時への備え以外の何物でもあるまい。こうした使い分けも,筆者には,自国の核心的利益である台湾に関しては,中国はロシアを最大限利用し,ロシアの核心的利益ウクライナに関しては,程々の付き合いに止めようとしている,と見えて仕方がない。もっとも,こんな習主席の姿勢を,米国は読み切っている様子。要は,米中双方共にしたたかなのだ。

 ハーバード大学のグレアム・アリソン教授は,「中国のような新興大国と,米国のような既存の覇権国との間では,“構造的に深刻な対立が避けられない”」と指摘する。もっとも,同教授によると,「嘗ての東西冷戦も,お互いを戦火で破壊し合う,そういった意味での戦争ではなく,広義の競争だった」とのこと。

 バイデン大統領が,就任直後から,前任のトランプ路線を踏襲し,中国を“米国にとっての,最大のライバル国”と明確に位置付け,それまでの,民主党オバマ路線(戦略的忍耐で自制し,中国が国際社会に,責任あるstakeholderとして,座を占めるよう求める路線)から,対中強硬の方向に一歩踏み出し,中国を競争フレーム(敵対フレームではない)の中に押さえ込もうとする路線に転じたのは,このような歴史理解に基づく。

 だが,そのバイデン政権の対中認識も,嘗て1980年代に,レーガン大統領が当時のソ連を“悪の帝国”と決め付けたほどの敵対感までには至っていない。それ故,中国の行動が,米国が設定した,強硬ながらも,本質的には競争のフレームから逸脱しないように,バイデン政権は,時には態度で,時には外交上の言葉の警告で,牽制し続けているのだ。恐らく,中国が,米国の描く,そういった競争フレームから這い出ようとし,“力を行使”しようとする時,米国の目には,中国が米国のレッドラインを明白に超えた,と映ることだろう。そして,中国も,米国のそんな思考を,恐らくは熟知している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2686.html)

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