世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
第3の都市,都市空間の変貌
(ITI 客員研究員・帝京大学経済学部 元教授)
2022.09.19
経済グローバル化のなかで中核拠点都市たるメトロポールは,その世界都市形成にあたり工場の設置を目指した立地ではなく,多国籍企業(MNC)の地域本社や統括本社を志向した空間となることを目標に掲げて激しい誘致競争を展開してきた。このようなMNCの国際経営戦略理論はコロナ禍によって遂に反省と後退を余儀なくされるのであろうか。
米国のステファンン・ハイマーなどが既に多国籍企業論のなかで「多国籍企業を分析する単位としては国家よりも都市の方に意味がある」という見解を示し,企業立地は3段階を経て世界的な多国籍企業に成長するとした。まず最初の段階としては労働力,市場,原材料といった立地因子に規定されて全世界的に価値連鎖が拡散する。次に第2段階になると現業部門型の組織から高学歴のホワイト・カラー人材や高度な情報を獲得のために次第に世界的な大都市に地域本社として立地するようになる。そして第3段階になるとグローバル化の進展に合わせて世界的なガバナンスを意識したコーポレート・ファイナンスを可能にする資本市場や高度なハイテク通信を介する情報メディア,そしてグローバル戦略展開に必須の政府機関などへのアクセスが重視される。価値連鎖の上流部門と下流部門の頭脳に相当する戦略的に重要な意思決定活動を集中的に多国籍企業が集積立地することによってここに「グローバル・シティ」,世界的な中核拠点メトロポール都市が形成される。コロナ禍は,まず世界的な都市の序列構造に変化が生じせしめた。国家間のサプライチェーンの寸断によって国内の中小都市との繋がりが再び重要度を増してきた。コロナ禍はデジタル化を加速させて都市機能の一部はデジタル空間に移行した。MNCのプットフォーマーとして価値連鎖機能のスマイル・カーブが一層,高度化するようになった。
カナダのR.フロリダ(Richard Florida)が「創造都市」と形容したメトロポール都市圏の競争優位は,その産業集積のメリットがスピルオーバーしていくような経済外部性の備わっていることによって発揮される。しかし,コロナ発生から2年半以上経過し,CBD(都心ビジネス地区)はコロナ禍によってホワイト・カラー層をも巻き込んだ自宅テレワークの定着で今,再考を迫られている。そればかりではない。当初のワクチン開発など技術進歩によるテクノロジー楽観主義は後退してしまった。最近になり米国の経済学者ロバート・ゴードン教授,英国エコノミス誌,さらにフランスの国立生産性評議会らはそれぞれ「感染拡大期の生産性向上は幻想」,「生産性が上がる兆候はほとんどない」と指摘するようになった。多国籍企業の拠点都市としてこれまでグローバル価値連鎖に構造的な変化が訪れたのか。トップマネージメントの意思決定は非対面型の接触を前提にするものであったが,今後デジタルトランスフォーメーション(DX)として果たして成立していけるのかどうか。その挑戦は途方もなく大きいと言わねばならない。CBDにはMNCが都市の心臓部に中枢管理機能を備え情報収集,情報生産,意思決定を集中させてきた。都心部の景観は超高層オフィスビルを通じて名声と権威を象徴するものであった。グローバル都市競争時代においてMNCの価値連鎖はグローバル本部として企業間の内外コミュニケーションの拠点機能を担うものであった。東京の丸の内・六本木,パリのラ・デファンス,ロンドンのカーナリーワーフ・シティ,ニューヨークのマンハッタンなどの都心部は,①専門家同士の近接・相互交流,②学習イノベーション,③人材のシナジー効果などで世界的競争優位を築いてきたが,世界都市の集積は大きな試練に立たされようしている。世界本社の立地は企業の国籍,業種,経営戦略によって異なるが,グローバル価値連鎖における分散と集中は拠点グローバル都市であるパリ,ロンドン,ニューヨーク,東京における本社設置のレゾンデートルは,都心回帰復活のなさと深刻化するオフィス供給過剰によって厳しく問われている。
このような状況のなかで都心部再生の動きが欧米都市部の公共空間は反省期に入り,歩行者,自転車,道路歩道の空間の再整備に舵を切っている。「第3の都市」という選択が急浮上するようになった。第1のハイテク機能都市,第2の田園都市,そしてこの2つの都市を止揚した言わば第3の衛星都市型モデルである。コロナ禍を経て企業組織に対する働き方の考えが大きく変ろうしている。自動車と同じように公私の中間的交通体系の台頭と同様に,住居と会社との間の都市空間に個人としてのオフィス空間を設けることによって自宅勤務とのときの世帯生活領域と公的領域につぐ自己空間の「都市」が徐々に拡大しつある。
今回のコロナ禍で,既にフレキシブル・オフィス,レンタル・オフィス,サテライト・オフィス,コワーワーキング,シェア・オフィス,などの名前でこのような「自分」だけの都市空間が世界的に都心部や都心・郊外の中間地点などで急増している。欧米主要都市ではすでに全オフィス・ストックの5%を越えると勢いである。このモデルでは,コンパクト都市にありがちな過密,交通渋滞なども緩和され,従って大気汚染も少なくなることも期待できる。都市機能にMaaS(Mobility at a Service)を適用すれば人々の移動も一層,スムースになると期待される。さらに,かつて英国ハワードが描いたような田園都市モデルの職住接近にも完全ではないが,FUAの機能空間内のCBDという自宅から遠くないところにオフィスを構えられる。これはまさにハワードのガーデン・シティ論が躓いた盲点を克服できる点であるかもしれない。
[参考文献]
- Exploring the staff localization of Taiwanese MNC subsidiaries in China: Effects of size, operation time, location, and local-market focus Journal of Business Research Volume 88, July 2018, Pages 20-27
- Les réponses de l’OCDE face au coronavirus (COVID-19) Le télétravail pendant la pandémie de COVID-19 : tendances et perspectives 21 septembre 2021
- 瀬藤澄彦『多国籍企業とグローバル価値連鎖』中央経済社 2020
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