世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2646
世界経済評論IMPACT No.2646

ASEANは「自由貿易死守」の強いメッセージ発出せよ

助川成也

(泰日工業大学 客員教授・国士舘大学政経学部 教授)

2022.08.22

 ASEANの最大の成果は「単一の市場と生産基地」の実現である。これを支えるのはASEAN物品貿易協定(ATIGA)で,今やアジアを代表するFTAである。しかし発効から10年以上が経過し,利用率低迷や自国利益優先の慣行など課題がある。協定の改正交渉が開始されたが,技術的な見直しに加え,「自由貿易を死守する」強いメッセージを発出すべきである。

ASEAN経済統合の核は自由貿易

 東南アジア諸国連合(ASEAN)が2015年末に形成したASEAN経済共同体(AEC)の核であり,また最大の成果はASEAN自由貿易地域(AFTA)である。AFTAの法的な根拠はASEAN物品貿易協定(ATIGA)である。2010年5月に発効した同協定は,関税自由化,原産地規則,非関税措置,貿易円滑化,税関手続きなど,域内物品移動の自由化に資する包括的な貿易措置が組み込まれ,ASEANの「単一の市場と生産基地」実現に大きく寄与した。現にATIGAによる関税撤廃品目の比率,いわゆる自由化率はASEAN全体で98.6%に達し,例外が極めて少ない,アジアを代表するFTAである。

 更にASEANは,ATIGAの下で,域内貿易を支援する多数の措置を設けた。例えば,原産地証明書や税関申告書などの貿易書類について,シームレスな電子交換を実現したASEANシングルウィンドウ(ASW),関税,規制,行政手続きに関する単一の情報源であるASEAN貿易収納庫(トレードレポジトリ)がその代表である。これらは域内貿易拡大・円滑化に少なからず貢献している。

 このように自由貿易を志向し,貿易円滑化に向けた整備を推進するASEANに,多くの多国籍企業が直接投資という形で呼応し,経済成長のエンジンになっていった。

利用・規律の面で課題が山積

 ATIGAは発効から既に10年以上が経過し,課題も指摘されている。FTA利用輸出額を公表しているタイを例に挙げると,同国が締結している14のFTA(ASEANの枠組みで8,二国間で6)の中で,ATIGAは21年の輸出額において最大である(ASEAN:263億ドル,中国:253億ドル,豪州:85億ドル)

 その一方,FTA利用輸出額でFTA利用率を算出すると,その比率は他のFTAに比べて見劣りする。タイのASEAN向け輸出におけるATIGA利用率は21年に過去最高の40.4%を記録したが,豪州(同77.7%),中国(同68.1%)に大きく劣後する。また,もともと関税が課されず,FTAを敢えて利用する必要がない品目を除いた実質FTA利用率はATIGAで67.7%。これも中国(同95.7%),豪州(同89.4%)に遠く及ばない。

 また加盟各国は域内における自由貿易の重要性を理解し,0%関税を適用すると公言する一方で,一部の重要産業では,非関税障壁・措置(NTBs/NTMs)を設けることで自由貿易を制限してきた。ASEANはNTBs/NTMsの域内貿易への影響は認識しているものの,その抜本的な対策に踏み込めていない。

 また近年では,新型コロナのパンデミックおよびロシアのウクライナ侵攻の影響を受け,サプライチェーンは様々な箇所で寸断が発生,物流は大混乱に陥った。更にこの間,「地域全体の利益」よりも「自国の利益」を優先する加盟国が登場,マスクなど医薬品や必需品,穀物やオイルなどの品目で輸出制限が次々と導入された。ASEANが長年積み上げてきた「貿易自由化の優等生」という自らの評判を棄損している。

真の貿易自由化に向けた見直しを

 ASEANがATIGAの利用を向上させ,また「貿易自由化の優等生」として信認を回復するには,ATIGAの制度改善が不可欠である。同協定の改正交渉は,22年3月の第28回非公式ASEAN経済相会議(AEMリトリート)で開始された。

 ASEAN事務局は「ATIGA2.0」について,「世界のサプライチェーンにおけるASEANの地位を高め,貿易コストを下げ,規制障壁を減らし,物流のボトルネックを解消することにより,ASEANをより持続可能で包括的な経済成長軌道に乗せることができる」と主張する(注1)。そのため原産地規則(ROO)の更なる簡素化,貿易技術やペーパーレス文書の採用拡大,技術規則や規格の調和等に取り組んでいる。このことにより零細・中小企業の貿易を促進し,持続可能性と循環型社会の懸念に対応し,デジタル貿易を推進するという。

 「AEC2025統合戦略行動計画」(CSAP)では,関税における自動的なMFN措置の適用や,現在の貿易救済措置の手続きの見直し,通知要件の強化等の検討が明記されている。またROOでは,よりビジネスフレンドリーなROOへの見直し,完全累積制度の導入可能性の検討,付加価値基準の計算方法における事業者裁量の拡大,フォームDや運用上の証明手続き(OCP)の簡素化などを目指している。

 ATIGA2.0ではこれら技術的な見直しも必要ではあるが,世界的に保護貿易の誘惑に晒され,米国と中国のサプライチェーンのデカップリングが危惧される中,ASEANはATIGA2.0にNTBs/NTMsの削減や域内調和,これまで軽視されてきた輸出規律を盛り込み,地域の「自由貿易を死守する」という強いメッセージを発出すべきである。

[注]
  • (1)ASEAN Economic Integration Brief, No.11, June 2022.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2646.html)

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