世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2623
世界経済評論IMPACT No.2623

銀行住宅ローン返済ボイコットの裏側

童 適平

(独協大学経済学 教授)

2022.08.08

 今年の6月,江西省景徳鎮発の「銀行住宅ローン返済ボイコット」運動は瞬く間に全国に広がり,正確な数字は分からないが,報道によれば,約50の都市,100以上のプロジェクトにも及んだそうである。

 銀行から住宅ローンを借りて不動産を購入したものの,収入が追い付かず,返済ができなくなったため,やむを得ず銀行住宅ローンの返済を停止する,と言うものとは異なり,「銀行住宅ローン返済ボイコット」は,銀行から住宅ローンを借りて購入した住宅が,契約で定められた期間を過ぎても引き渡されないばかりか工事さえ停止した「住宅開発会社」の契約違反に対抗するため,住宅購入者(住宅ローンを借りた人)同志が共同でローンの返済を拒否するというものである。聞いた話によると,子供が1歳の時に契約したマンションは,13歳になった今も,まだ完工していないというケースもあるそうである。

 この問題を理解する前に,まず中国における新築マンション販売の仕組みを見てみよう。通常,新築マンションの販売は工事中に始まる。マンション購入者は,マンション開発会社との間でマンション購入価格と引き渡しなどを定めた売買契約を結ぶ。一般的に,マンション購入者は自己資金(頭金,規則に決められたマンション購入価格の一定の割合)のほか,銀行に住宅ローンを同時に申請,審査に通ったら銀行との間で住宅ローン借り入れと返済に関する契約を結ぶ。一度契約が成立すれば,契約したマンションがまだ工事中で,つまり購入者はマンションの引き渡しをまだ受けていないにもかかわらず,銀行に対して住宅ローンの返済を始めなければならない。先の「子供が13歳になってもまだマンションは完工しない」ケースでは,購入したマンションに居住できないのに,12年間ローンを返済し続けたことになる。

 一方,銀行が,マンション開発会社に,住宅ローン借入者のマンション購入代金を渡すにあたっては,地域によって様々な規定がある。銀行はマンション開発会社を監督し,工事の進捗状況に伴い,代金を渡すことが原則であるが,地価が上昇している場合,マンション開発会社は早く販売したマンションの代金を受け取り,次のプロジェクト用の土地を取得し,新たなマンションの開発,販売を手掛けていくことが合理的である。銀行としては,土地と工事中のマンションを担保に差し入れさせた上で,住宅ローンと住宅開発に関し貸出をする場合は,それは優良債権になる。特にマンションの売れ行きが良好な場合,マンションの引き渡しは時間の問題で,マンション購入代金を開発会社に渡し,早く新たな開発事業に乗り出せた方が,銀行とマンション開発会社双方が“ウインウイン関係”となるのに近道と言えよう。中国の住宅市場はこうした“ウインウイン”のエスカレーターに乗り続いてきた。

 2017年から実施した「住宅は住むためのものだ」という住宅価格上昇抑制政策は,2020年以降は,新型コロナ感染症後の経済対策として,基調は維持したものの,その応用はやや緩和した。その結果,不動産開発会社は競って土地の仕入れと資金の確保に乗り出した。その平均負債比率は80.7%に上昇した(「中国統計年鑑」による)。調達した資金額も193,115億元に達した。その内,契約金や預り金は66,547億元,住宅ローン資金は29,976億元で,両者を合わせると,調達資金総額の半分を占めた。

 ここまで来て,さすがに当局も看過できなくなる。2020年8月20日に中国の中央銀行である中国人民銀行と政府住宅・都市農村建設省は,“三本のデッドライン”(契約金や預り金を除いた資産負債比率は70%以下,純負債比率は100%以下及び現金—短期債務比率は1以上)を発表し,“三本のデッドライン”を満たさない不動産開発会社に対する銀行融資を規制した。

 この結果,資金によって支えられてきた住宅市場は危うくなった。2020年,2021年と2022年上半期,銀行の不動産融資額はそれぞれ,5.17兆元,3.81兆元と6,685億元であり,減少傾向に転じた(中国人民銀行「金融機関貸出先統計報告」2022013010434016509.pdf (pbc.gov.cn)),2021年,住宅販売面積と販売金額は引き続き上昇したが,それにも陰りが見え始めた。更に追い打ちをかけたのがゼロコロナ対策である。今年の上半期,不動産開発会社が調達した資金額は76,847億元で,前年同期より25.3%下落した。住宅販売面積と販売金額もそれぞれ26.6%と31.8%大きく下落した。

 銀行融資だけでなく,販売が落ちれば,頼りにしていた契約金や預り金と購入代金(住宅ローン資金)が入ってこなくなる。資金繰りが厳しくなると,建設会社への支払いが滞り,工事も止まり,マンションの引き渡しは延期となる。不動産開発会社と交渉しても相手にされない。銀行からはローンの返済を迫られるマンション購入者がこれまで我慢してきた慰めはマンション価格の上昇であった。そのマンション価格の上昇が止まれば,唯一の慰めを失ったマンション購入者の最後の自己防衛手段が「銀行住宅ローン返済のボイコット」となったわけである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2623.html)

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