世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
物価高騰と進むユーロ安・円安,金融政策の対応は
(慶應義塾大学 教授)
2022.05.16
世界のインフレ率は軒並み上昇している。主因は石油・ガスなどのエネルギー価格高騰にあるが,食料価格もかなり上昇している。共通要因としては,昨年からの半導体価格やコモディティ価格の高騰に加えて,ウクライナ危機や中国におけるゼロコロナ対策による厳しい経済活動制限でグローバルサプライチェーンの不安定化が続いていることなどが重なったことが挙げられる。
なぜ米国は金融政策の正常化を急ぐのか
米国のインフレ率は本年4月現在8.3%と先進国では最も高い。3月の8.5%より低下したが市場予想を上回った。エネルギーや食料品を除く「コアインフレ率」も6.5%から6.2%に低下したが,これも市場予想を上回っており,幅広い品目で価格が大きく上昇していることを示している。市場では米国連邦準備制度理事会(FRB)が利上げを急ぐとの警戒感が広がっている。
国内上昇要因としては比較的堅調に景気回復が続いており,しかも極端な人出不足の中で賃金上昇率が5%台で推移しているため,企業は利益を維持するために販売価格を引き上げていることが指摘できる。中期インフレ予想(1~5年程度先)も20年ぶりの高さ(3%台に)に達しているため,インフレ率がインフレ目標2%に向けて十分下がらない恐れがある。しかも賃金上昇がインフレに追いつかずに実質賃金が低下しているために,市民生活は苦しく不満が高まっている。
このためFRBは既に急速に金融緩和の正常化に舵を切っている。資産買い入れを年当初予定よりも早く今年3月には終了した。同時に政策金利のフェデラルファンドレートを0.25%幅で引き上げ,5月には引き上げ幅を倍増したことで現在0.75~1%に達している。FRBは3月時点で今年末までに2%程度へ,来年は3%近くまで引き上げる見通しを示しており,これは景気に中立な水準とされる2.4%を超えた利上げになるので,「金融引き締め」の意向を明確にしたことになる。だが,市場では利上げがもっと前倒しされ年末までに3%程度,来年は3%を少し超えるとの予想を高めている。
米国のインフレ率は,現在のエネルギー価格の推移からみて,今年秋頃から少しずつ低下していくと見込まれている。しかし,ウクライナ情勢やグローバルサプライチェーンの先行きが見通しにくく,インフレ率が下がったとしてもごく緩やかになる恐れからFRBが早めに手を打って積極的に利上げをしていくと市場は見ているのだ。
ECBによる今後の対応見通し
ユーロ圏の欧州中央銀行(ECB)は,マイナス0.5%の超低金利を維持しているため,円と同様に,ユーロも対ドルで大きく下落している。ECBは既に資産買い入れを減らし始めており,市場ではECBが今年6月に資産買い入れを終了し,7−9月期には最初の利上げをするだろうと予想している。理由は,インフレ率が7.5%に達し,コアインフレ率も3.5%になっており物価上昇が広がりを見せているにある。しかも,インフレ予想が2%程度で安定していたところから少し超える動きが見られており,ECBは警戒を強めており,利上げの可能性を示唆している。だが,ユーロ圏はウクライナ危機の打撃が大きく景気回復力が弱く,賃金上昇も2%程度で緩慢なので,金融政策の正常化は急ぐ必要がなく,データをみながら慎重に判断していくようだ。ECBからはユーロ安への言及はなく,物価安定の見地から金融政策を判断していく構えだ。
なぜ日本は利上げをしないのか
対照的に,日本のインフレ率は携帯電話通話料金の割引の影響もあって低迷していたが,今年4月からはその影響が剥落し,インフレ率は2%を超える状態がしばらく続くであろう。インフレの主因はエネルギーなどコモディティ価格の高騰にあるが,円安による輸入物価の上昇も影響している。全国に先駆けて発表された東京都の4月のインフレ率は,予想通り,3月の1.3%から4月には2.5%へ上昇した。しかし生鮮食品とエネルギーを除くインフレ率は0.8%に過ぎず,幅広い品目での物価上昇は起きていない。輸入原材料の価格高騰を小売価格に転嫁しないよう企業が努力していることや賃金上昇が限定されていることが背景にある。インフレ予想も低く2%目標にはほど遠い。
現在の円安の原因は,米国との金利差の拡大で起きている。FRBの利上げ予想を織り込んで米国金利は上昇する一方で,日本銀行は長短金利操作によって短期金利はマイナス0.1%,10年物国債利回りは0%程度に維持しているため,金利差が拡大している。10年金利は上下0.25%の変動幅を容認しており,今年4月には0.25%で無制限に国債を買い入れる指値オペレーションを毎営業日実施すると発表し,0.25%以下に抑えている。
日本のインフレが,コモディティ価格などが主因で,強い消費回復や賃金上昇が起きていないことから,利上げによって需要を抑制してインフレを下押しする効果は限定的になる。また多少の利上げをしても米国に近い金利上昇がなければ円安を抑制する効果は限定的なので,大幅に利上げをするとなると債務者の利払い負担を高め不安を煽る恐れもある。しかも為替介入の判断は財務省が行っている。また,米国の利上げ見通しはかなり米国の金利に織り込まれている。だとすれば,金利差にもとづく一段の大幅な円安ドル高の進行は考えにくいのではないか。
日本銀行が利上げの判断をする場合は,ほかの中銀と同様に,物価上昇の広がり,インフレ予想,賃金動向など物価安定の見地から判断すべきであろう。日本銀行は現在の景気回復が緩慢で需要を下支えするために低金利政策の継続が必要だと判断していると思われる。
日本でも,現在のコモディティ価格で推移する場合,今年秋以降にはエネルギー価格の上昇率が低下するので,少しずつインフレ率が低下していくと予想されている。しかし,不確実性は高いので日本銀行はインフレ動向を慎重に分析していくであろう。状況が許せば,政策の柔軟性を高めるために10年金利の変動幅を現在の上下0.25%から幾分引き上げていくことは検討に値するが,為替・金融市場の変動が大きくなっているので慎重に判断していく必要があるとみられる。
関連記事
白井さゆり
-
[No.3416 2024.05.13 ]
-
[No.3296 2024.02.12 ]
-
[No.3177 2023.11.06 ]
最新のコラム
-
New! [No.3581 2024.09.30 ]
-
New! [No.3580 2024.09.30 ]
-
New! [No.3579 2024.09.30 ]
-
New! [No.3578 2024.09.30 ]
-
New! [No.3577 2024.09.30 ]