世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2372
世界経済評論IMPACT No.2372

不連続な変化を警戒せよ:財政・インフレリスク,米国の対中世論

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所客員研究員)

2021.12.20

不連続という人間の性質

 人間のやること,考えることは,しばしば不安定で不連続に進行する。ずっと懸念せずに過ごしてきたことがいつか積み重なり,何かをきっかけとして急に心配になる。嫌なことをされても赦してきた相手に対する感情が,何かのきっかけで一気に悪化する。こうした階段状の不連続な変化は,誰もが経験しているのではないだろうか。

 そして,そうした人間の営み一つ一つが政治・経済活動を構成し,それらが纏まった結果として,全体の政治も経済もしばしば不連続に動く。そこに群集心理や社会の「空気」,思惑や煽り,仕掛けなどが加わればなおさらである。

 これは当たり前のことのようではあるが,その実,意外と見落とされているのではないか。たとえ懸念となる状況が積み重なって「不連続」な変化のリスクが高まっていても,新たな理屈付けまでして,リスクを見てみない振りすることすらある。

株式市場とQレシオ

 分かりやすいのは株式市場であろう。やや古い話となるが,日本の株式市場は1989年末まで上昇を続けた後,年明けからは一転して急落していくことになる。しかし,もちろん,バブル崩壊の原因が年末年始に一気に生じたわけではない。ちょうどそのタイミングで,それまで膨らみ過ぎていたバブルがはじけたに過ぎない。

 破裂前,株価はオーソドックスな基準からみれば完全に過熱していたが,Qレシオ(株価÷時価評価純資産)のような指標を持ち出すなどして,正当化しようとした。Qレシオは所有する不動産や株式などの含み益を評価しようとするものだが,株式持ち合いの多かったあの時代,時価評価純資産を重視しすぎると,持ち合っている片方の企業(A社)の株価が上昇すれば,もう一方の企業(B社)のQレシオが低下して「割安サイン」点灯となり,こちらの企業(B社)の株価も上昇,そうすると再び元の企業(A社)のQレシオが低下して「割安サイン」点灯となり……,といった具合に株価が嵩上げされることにもなる(逆もまた然りである)。

 後になってみれば考えられないような株価水準だったわけだが,その時は多くの人たちにとって高株価の正当化こそが好都合であり,それによっていくらかの安心感を得てバブルに踊ったのである。

悪化する財政状況

 株価のこうした性質はとうに周知されていて,今更という話になってしまうが,それでは財政についてはどうだろうか。コロナ対応により,各国は急激に財政を膨張させている。パンデミックという外部要因による不況に対しては,金融緩和とともに財政支出拡大で立ち向かうことは理にかなっている。ここまでは良いのだが,問題は,財政規律維持,すなわち拡大した財政を適切に縮小していくことが出来るかにある。

 IMFの推計(注1)によると,政府債務の対GDP比は,世界全体で2019年の83.6%から2020年には98.6%と悪化,2026年でも96.5%に高止まりしたままとなっている。コロナ禍対応のための政府支出急拡大が主因であり,政府支出の対GDP比は先進国全体で2019年の38.6%から2020年は46.7%へ,新興国・中所得国でも31.7%から34.6%へと上昇した。特に先進国においてこの比率は2021年もあまり低下せず,2026年でも39.4%と2019年より高い水準にとどまったままとなる。

 変異株によるパンデミックの再拡大もみられることから,当面は機動的な財政支出はやむをえない。しかし,少なくとも広げた風呂敷の畳み方については現実的な計画があって然るべきであろう。上述したように,政治・経済は不連続に階段状に動きがちである。財政支出拡大がこれまで国債利回り急騰から債務危機へと繋がらなかったからといって,それが今後も続く保証はない。多くの場合,原因となるファンダメンタルズ悪化,あるいは国際収支構造のリスク増加は時間をかけて確実に累積していき,実際の危機は一気に押し寄せる。

MMTで危機リスクなき財政拡張?

 現在は,世界経済上のメインテーマが「債務危機」にはなく,総じて危機感は薄い。むしろ,コロナ禍不況からの脱却に目途がついても,そこからさらに財政を一層拡大して国民の支持を広げようとの思惑もみられる。一部の政治家が興味を寄せるMMT(Modern Monetary Theory)は,そうした財政拡張に格好の論拠を与えている。

 「不連続な動き」の切り口からみれば,財政規律を失い赤字拡大が続いた場合,どこかで一気に債務危機へと繋がる恐れがある。MMTに従えば,債務が自国通貨建てであれば中央銀行による全額買入も可能でありデフォルトはしないので,債務危機にはならないとされる。しかしその場合でも,預金・通貨の大量供給と政府への信認低下が生じ,これが累積すれば何かのタイミングで「不連続に」通貨危機やインフレへと急進する可能性が高いのではないか。インフレに対応して,MMTが期待するように政府が速やかに増税等緊縮措置を取れるかと言えば,各国の緊縮財政への嫌悪ぶりをみると実現性はかなり怪しい。危機が生じた後になって,政府がこれを財政政策を通じて迅速にコントロールするのは至難の業であろう。

 実際の動きとして米国をみれば,これまでにコロナ禍対応のために政府債務の対GDP比は2019年の108.5%から2020年には133.9%まで悪化している。さらに2021年以降,バイデン政権下においても,American Rescue Plan Act,Infrastructure Investment and Jobs Actが成立,Build Back Better Planも審議されるなど,拡大した財政の収束を意識する方向へは向かっていない。一方でFRBは,折からのインフレ率上昇に警戒を強めている。11月の消費者物価指数は前年同月比6.8%となり,39年ぶりの伸びを示した。パウエル議長は,指数発表に先立つ12月1日の議会証言で,来年下半期にはインフレが低下すると予想しつつも,インフレが「一時的」とのこれまでの表現を変え,テーパリング加速を検討する意向を示し,実際に15日のFOMC(連邦公開市場委員会)では加速を実行に移した。

 バイデン政権の財政運営はMMTの考え方に比べれば遥かに穏当ではあるが,インフレに対して,金融政策を担当するFRBとの感度の差は歴然としている。それぞれが負っているミッションや法制度からして,これは当然のことといえる。

米国の対中世論も不連続に悪化

 政治面でも,不連続な変化の例を挙げておきたい。Gallupの米国世論調査の結果(注2)をみると,対中国感情は1979年の調査開始以来,反感(veryとmostlyの合計)が6割を超すことなく2019年まで推移してきたが,2020年に67%,2021年には79%へと急上昇する。それまでの最高が1999年の59%,天安門事件のあった1989年ですら54%であったことを考えると,驚くほどの上昇である。

 ただし,それまでも米国民には,中国に関する悪いニュースは流れ続けていた。2014,15年頃からは南沙諸島問題深刻化や大規模なハッキングの発覚,2018年には関税合戦,秋にはペンス副大統領による厳しい内容の演説もあった。それでも反感の比率は2018年が45%,2019年でも57%である。

 2020年以降は,ファーウェイ訴追などいわゆるデカップリング政策が進むとともに,香港問題,ウイグル問題も前面に出てきた。また,大統領選挙年であり,両党が対中強硬姿勢を競ったことも一因と考えられる。しかし,それにしても米国民意のここまで急激な対中強硬化は予想できなかったのではないか。さらに注意すべきは,こうした不連続性が,どの国の世論にも当てはまりうることであろう。

 

 バブル期の日本の株式市場,ポスト・コロナの財政・インフレリスク,さらには米国の対中世論まで,共通して言えるのは,変化が生じる原因が確実に積み重ねられている(いた)ことである。結果としての変化が生じていないものについても,それはまだ時が満ちていないだけと戒めておくべきであろう。

[注]
  • (1)IMF(2021), FISCAL MONITOR Strengthening the Credibility of Public Finances, OCT 2021。後段の米国の数値もこの出所に依った。
  • (2)Gallup(2021), IN DEPTH: TOPICS A TO Z China.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2372.html)

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