世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2334
世界経済評論IMPACT No.2334

蓋然性高まるドイツ・トラフィックライト政権

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2021.11.08

 9月26日投開票の独総選挙では,現在の大連立政権のジュニアパートナーである中道左派SPDが,同政権を主導する中道右派CDU/CSUに辛勝,第一党の座を獲得した。SPDは,国民の連立政権樹立への支持の下,環境政党Green,リベラル政党FDPとの予備協議を経て10月21日以降公式協議を進めており,クリスマスをデットラインとするトラフィックライト連立政権樹立(各党のカラーが赤・緑・黄)へ向け前進している。16年にわたりドイツ及びEUを率い数々の危機を克服してきたメルケル首相後の新政権における対外政策の変化が注目される。予備協議の粗々の政策合意には対外政策の情報は乏しいが,各党マニフェストや首脳発言に基づき変化の方向性の論点整理を行う。

 まずEU内のリーダーシップだが,近年のEUではメルケル首相とマクロン仏大統領の独仏枢軸が軸となり重要課題への対処が進められてきた。理念先行で時に強引なマクロンに対し,メルケルは,西欧と東欧,北欧と南欧のバランスを巧みにとりEUの結束と連帯の維持を意識しながらプラグマティズムを軸に据えてきた。

 しかし,新首相就任が予想されるSPDのショルツ財務相は,安定感があり冷静だが指導力に欠け,三党連立により国内基盤も脆弱だ。マクロンも来年4月に大統領選挙を控え,EU内のリーダーシップの空白と求心力低下が懸念される。

 次に対英関係だが,喫緊の課題は北アイルランド問題だ。英国はBrexit後,英国本土と北アイルランド間の物流の滞り等に直面,EU離脱協定の付帯文書である北アイルランド議定書の大幅な修正をEUに要求している。EUは,大幅譲歩案を提示も英国の求めるEU司法裁判所の関与排除については妥協せず,英国による北アイルランド議定書16条の緊急措置発動の恐れが高まる。Brexit交渉時には,英国の瀬戸際戦術に対し,同様の対決的手法で対抗しようとするマクロンに対しメルケルが冷静に各国間の調整を図り妥協策を見つけソフトランディングさせた。

 政治決着が必要な重要課題に対し,プラグマティックに落としどころを探るメルケル無き後,両国間の対立に歯止めがかかりづらくなるリスクが増す。

 アジア関係では,メルケル下の独は,近年軌道修正を図りつつあったとはいえ,自動車産業を中心とした高い依存度を背景に経済的利益重視の「中国偏重外交」と揶揄されてきた(在任中のメルケルの訪中12回,訪日6回)。独がEU閣僚理事会議長国を務める2020年末には複数国の反対を押し切りCAI(EU中国包括的投資協定)を合意に持ち込んだ。

 SPDは経済的利益を重視し中国に対し融和的だが,GreenとFDPは,人権重視で中国に厳しい姿勢だ。特にGreenは,従来の外交が経済的利益に偏り修正が必要との立場だ。新政権は,日中両国との距離感を,よりバランスのとれた方向へ修正の上対アジア関与を強めよう。

 EUの対中姿勢は,①先端技術や安全保障に関連する企業買収への警戒,②香港,ウイグル情勢の悪化,等を背景に中国をSystemic Rivalと捉え,徐々に厳しさを増している。EU内で仏と並び最も対中融和的な独の立ち位置の修正は,EUの対中姿勢のシフトをより強める方向へ作用しよう。インド太平洋戦略を打ち出しリバランスを進めるEUにとり日本との貿易・経済・安保面での重層的協力関係の重要性が増す。

 対露関係は,メルケル下では,クリミア併合問題等を背景に対露制裁を進めつつも,同時に露との対話の機会を探るという,EU内では仏と並ぶ融和的なものであり,対露警戒感の強い中東欧とは一線を画していた。

 焦点のNord StreamⅡは,ブラント元首相以来の東方外交の伝統を持つSPDは積極的支持だが,GreenとFDPの対露姿勢は人権や地政学的理由から強硬で,Greenは中止,FDPは人権問題等で改善が見られるまで一時中断との立場だ(既に完工し,独政府と欧州委の審査は合計で最長来年5月迄)。

 いずれにせよ新政権の対露政策全般が,現政権より強硬となることは間違いない。

 対米関係については,三党全てが米を最も重要な独のパートナーと捉える。ただし,同時に三党全てが欧州の戦略的自立の重要性を語り,マクロンが提唱する欧州軍について肯定的であり,新政権下ではEUにおける同構想が進展しよう。

 バイデン米政権も提唱するNATOの国防費GDP比2%目標の達成は,SPDが消極的支持,Greenが反対と各党間で対応が割れる。結果として新政権では消極的対応となる可能性があり対米摩擦の高まりが懸念される。

 こうした対外政策の変化の方向性と同時に変化の程度も重要だ。実際の政策運営は,今後数週間に及ぶ公式協議を経た最終合意の内容と外相等の重要ポスト配分,そして独が置かれた様々な経済・政治の制約条件に依存する。

 予備協議における粗々の政策合意を見ても,「足して割る」形で各党間の政策の相違について妥協が図られている。前述した重要ファクターについて三党協議を詳細にウオッチし,政策変化がどの程度ドラスティックとなるのか,変化の程度も見極めながら前広かつ柔軟な対応を心掛ける必要があろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2334.html)

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