世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2270
世界経済評論IMPACT No.2270

ハードとソフトのインフラ投資法案:注目される下院の対応

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.08.30

 党派対立の激しい上院で超党派インフラ投資法案が可決されたのはなぜか,下院はなぜこれを直ちに可決しないのか。現地紙(ニューヨーク・タイムズ電子版)からその背景を探った。

インフラ投資法案:上院可決,4つの要因

 連邦議会上院は8月11日,前日からの徹夜の審議を終え,午前6時前,夏期休会に入った。休会は9月20日まで5週間半。一方,下院は7月20日休会入りしたが,予定を繰り上げ8月23日から審議を再開した。

 秋の議会(第117議会第1会期の後半)は中間選挙前の最大の山場。BBB(バイデン大統領の公約である米国再建計画「ビルドバック・ベター」)法案のほか,予算決議案,10月から始まる2022年度歳出法案の成立,デフォルト回避のための債務上限引き上げまたは関連措置の実施,民主党が提案している投票権法の改正など,課題は山積している。

 BBB関連法案は,総額1.8兆ドルの経済救済法が3月に成立したが,残りの3本が未成立。これらは,①8年間で2.3兆ドルの道路,橋梁などのインフラ投資法案(当初の名称は雇用計画法案),②10年間で1.8兆ドルの家族支援計画法案(予算額はいずれも当初案),③これら2法案の財源となる法人・富裕層増税法案,である。

 このうち,②の家族支援計画法案は,幼稚園入園前児童(pre-K)の教育,コミュニティカレッジの学費無償化,育児・産休・介護休暇の有給保障,児童税額控除などの家族支援,さらに広範な気候変動対策で構成され,①のハードのインフラに対してソフトのインフラ,あるいはヒューマンインフラを強化する法案と呼ばれている(本稿では以下,ヒューマンインフラ投資法案と表記)。

 これら3法案は,夏季休会に入る直前,上院で重要な進展があった。

 第1は,総額1兆ドルのインフラ投資法案(HR3684)が8月10日,賛成69,反対30の超党派で可決された。賛成69の内訳は民主党50,共和党19,反対30はすべて共和党である。第2は,ヒューマンインフラ投資法案と上記③の増税案の成立に繋がる総額3.5兆ドルの予算決議案(S.Con.Res.14)が8月11日午前4時前,賛成50(すべて民主党),反対49(すべて共和党)で可決された(共和党のサウスダコタ州選出ラウンズ議員は夫人の入院で欠席中)。

 現在の議会で超党派法案が成立するのは稀有のことだが,5月から超党派で調整が続いていたインフラ投資法案が上院で成立した要因は,次の4点にあると8月12日付の現地紙は報じている(インフラ投資法案の推移については本コラム No.21762221参照)。

  • ⑴クリントン税制改革,オバマケア,バイデン経済救済法など,共和党はこの30年間,民主党大統領の最優先課題に反対し続けたが,インフラ投資法案は共和党も密かに成立を求め,共和党も妥協の余地を残していた。
  • ⑵バイデン大統領の超党派法案成立に対する強いこだわりとその実現に向けた努力。議員への電話攻勢,議員を大統領執務室に招き10数回に及ぶ協議,当初案から1兆ドル削減という柔軟な対応など,上院議員36年の経験を十分に発揮した。
  • ⑶民主党単独による成立を嫌ったマンチン(ウエストバージニア),シネマ(アリゾナ),共和党側ではポートマン(オハイオ),コリンズ(メイン),マコウスキー(アラスカ)など両党の中道派上院議員の尽力。今期で引退するポートマンのレガシー作りも大きく貢献した。
  • ⑷この5月,バイデン大統領の政策を100%阻止すると公言したマコーネル共和党上院院内総務の変身。背景には,国民に人気のインフラ投資法案の成立は中間選挙で共和党にプラスとなり,マンチン,シネマ両議員を支援してフィリバスター制度を維持することも有利との判断があった。

次の焦点:下院は二つのインフラ投資法案にどう対応するか

 夏季休会を早めに切り上げた下院は,8月24日午後,上院が8月11日に可決した予算決議の下院版(H.Res.601)を賛成220,反対212で可決した。迅速な下院版の可決は予想外だったが,賛成はすべて民主党,反対はすべて共和党である。

 予算決議案は2022年度およびそれ以降の歳出総額の規模を決めるもので,決議案に含まれたヒューマンインフラ投資法案の詳細は今後,関係委員会の審議を経て最終法案となる。しかし,問題は法案の内容と予算額。共和党は歳出の増大とその財源を法人・富裕層増税に求める民主党の方針に強硬に反対している。マンチン議員など民主党穏健派も大規模予算に反対する。

 最終的な法案審議は財政調整法によってフィリバスターを回避し,単純過半数で採決されることになったが,一部の民主党議員が反対すれば,法案が否決される可能性もある。下院の勢力分布は民主党220,共和党212(欠員は3)だから,5人の民主党議員が反対すれば法案は否決されてしまう。

 また,法案審議の順番にも民主党内に異論がある。ゴットハイマー(ニュージャージー)など10人の中道派やケイス(ハワイ)など19人の財政保守派(Blue Dog Coalition)は,上院で可決された超党派法案を下院は即座に可決すべきだと主張する。一方,96人が所属する進歩派(Congressional Progressive Caucus)は,先にインフラ投資法案が可決されれば,ヒューマンインフラ投資法案は忘れられてしまうから,上院がヒューマンインフラ投資法案を可決するまで,上院が可決した超党派インフラ投資法案の審議を下院で行うべきではないと主張する。

 ペロシ下院議長は進歩派に同調しているが,8月24日付現地紙によると,インフラ法案の早期成立を求めるホワイトハウスに応えて,下院は上院が可決した超党派インフラ投資法案と今後作成されるヒューマンインフラ投資法案を一本化し,9月27日までに可決する方針を打ち出した。これに合わせて,民主党の上下両院議員は事態打開のため,協議を開始したと報じられている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2270.html)

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