世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2176
世界経済評論IMPACT No.2176

バイデン大統領のビルドバック・ベター法案の成否

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2021.05.31

下院とは根本的に異なる上院の審議制度

 バイデン政権のBuild Back Better(よりよく米国を再建する)という「果断な政策」(注1)は,①コロナ苦からの救済(Rescue Plan),②大規模インフラ投資と雇用拡大(Jobs Plan),③教育・チャイルドケア強化等による家族支援(Families Plan),④財源確保のための税制改正から成る。このうち①の1.9兆ドルの救済計画法は3月11日に成立し現在執行中だが,②のインフラ・雇用計画法は3月末の発表から2ヵ月経つ現在,まだ最終法案に至らない。②,③,④の成立に失敗すれば,大統領の「パラダイム転換」(本コラムNo.2133参照)は画餅に期す。

 政府・議会間の調整は,議会側はクリス・クーンズ(民主党,デラウエア州),シェリー・カピト(共和党,ウエストバージニア州)の両上院議員の主導で進められ,バイデン大統領は5月21日,雇用計画法の歳出規模を当初案から5,000億ドル削減して1.7兆ドルとした。しかし1兆ドル以下に縮小したい共和党との隔たりは依然大きい。財源となる28%への法人税率の引き上げには,民主党穏健派のジョー・マンチン上院議員(ウエストバージニア州)も反対している。バイデン大統領は8月初旬から始まる夏期休会前に超党派によるの成立を求めているが,すべては両者の調整次第。

 法案内容と同時に重要なのは議会審議の方法だ。党派別議席数は現在,下院が民主党219,共和党211,空席5,上院は民主党50(無党派2を含む),共和党50の同数。単純過半数による可決であれば,すべての民主党議員が賛成すれば,全共和党議員が反対しても成立する。上院の票決が半々に割れても,上院議長を兼ねるカマラ・ハリス副大統領の賛成で過半数となる。

 しかし,上院には無制限の長時間演説(過去最長は24時間18分)によって最終票決を阻むフィリバスターという議事妨害が認められている。議事妨害を中止させて票決に進むには60票(1974年以前は出席議員の3分の2,最大67票)の賛成が条件となるため,単純過半数の票決でも法案を通すには最低で60票の賛成が必要となる。党派対立の激しい上院で,民主党が10人の共和党議員から支持を得ることは不可能である。そもそも1979年以降,上院で多数党が60議席以上を占めたことは皆無だから,少数党がフィリバスターをするぞと脅すだけで,議事は止まり,法案は廃案の憂き目に会う。

上院パーラメンタリアン,1974年議会予算法304条の援用を決定

 フィリバスターの弊害を緩和するため,過去に多くの改正が行われたが,今年の3~4月には一気にフィリバスターを廃止しようという議論が民主党上院内で高まった。しかし,上述のマンチンおよびクリステン・シネマ(アリゾナ州)の両上院議員の断固たる反対で,この構想は立消えとなった。彼らの反対は,多数派の横暴を阻止し,少数派を保護する建国以来の上院の伝統を守ることにある。州の大小にかかわらず上院議員は各州2名と決められ,下院のように上院には審議時間の制限もない。フィリバスターを無くせば,上院の特色が失われ,下院と同じようになってしまう。人口順位45位,総人口に占めるシェア僅か0.29%(2019年7月推計)のデラウエア州の上院議員を36年務めたバイデン大統領は,フィリバスターの弊害を認めても,その廃止には賛成していない。

 こうした状況下で上院トップのチャック・シューマー院内総務(民主党,ニューヨーク州)は,雇用計画法案の審議にも1.9兆ドルの救済計画法案審議と同様にフィリバスターを回避できる財政調整措置(Budget Reconciliation)による審議を求めていたが,遂に4月5日上院のパーラメンタリアン(議事規則先例専門員)はその適用を認めた(注2)。1会計年度に1回しか使えないといわれるこの適用を1974年議会予算法304条(予算決議改定の承認)に基づき,同一年度の終了前であれば繰り返し使用できると判断したのである。これは民主党にとって大きな朗報である(注3)。

 上院の審議時間を20時間に制限し,フィリバスターを回避して単純過半数で可決できる財政調整措置の適用は,ビルドバック・ベターの3本目の家族支援計画法にも適用され,法案成立への道筋は整えられつつある。夏期休会が終われば,議会は2022年11月8日の中間選挙に向けて一斉に動き出す。中間選挙で民主党の優位を拡大し,上院奪回を目指す共和党の増勢を阻止するために,これら法案の成立がバイデン大統領の当面の最大の課題である。

[注]
  • (1)「理事長中尾武彦の視点:米国は社会の公平に舵を切れるか-バイデン大統領の内政と外交」,みずほリサーチ&テクノロジーズ(2021年5月10日付)。「みずほインサイト:バイデン政権の財政政策」(同4月30日付)によると,雇用計画法の歳出は8年間で2.3兆ドル,法人増税(Made in America Tax Plan)は15年間で2.7兆ドル。家族支援計画法の歳出は10年間で1.8兆ドル,富裕層増税は10年間で1.5兆ドル。両計画に救済計画法を加えると,歳出の総計は6兆ドル,増税4.2兆ドルという「果断な政策」となる。
  • (2)パーラメンタリアン(parliamentarian)の訳語は松橋和夫「アメリカ連邦議会上院の権限および議事運営・立法補佐機構」,『レファレンス』平成15年4月号に拠った。両院の各1名のパーラメンタリアンは,下院は下院議長,上院は上院院内総務が任命する。党派に所属せず,議会開会中は常時議場にあって議事進行等のアドバイスを議事主宰者に行うほか,法案の担当委員会への振り分けなど重要な役割を担う。最近注目を集めたのは,上院の第9代パーリアメンタリアンElizabeth MacDonough(2012年就任)の決定である。彼女は最低賃金を時給15ドルに引き上げる審議には財政調整措置を適用できないと決定したため,同条項は米国救済計画法案から除外された。なお,パーリアメンタリアンの歴史は古く,創設は下院が1927年,上院は1935年である。
  • (3)財政調整措置は1974年議会予算法に基づく。詳細はCenter on Budget and Policy Prioritiesの Introduction to Budget “Reconciliation” 参照。同法304条の適用については次が詳しい。Senate parliamentarian clears way for Democrats to use reconciliation for infrastructure bill, April 6, 2021, CBS News.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2176.html)

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