世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2260
世界経済評論IMPACT No.2260

奇貨居くべし

小野田欣也

(杏林大学総合政策学部 客員教授)

2021.08.23

 新型コロナウイルス蔓延のさなかにあって,史記呂不韋伝の「奇貨居くべし」とはいかにも不謹慎なと思われる方も多いと存ずるが,あえて議論させていただく。この話はもとより中国の戦国時代に,趙国の呂不韋が秦国の不遇な王族で人質の子楚を助けて,大国の宰相にまで上りつめたという故事である。

 ところで日本では,テレワークあるいはリモートワークが久しく叫ばれていたが,2020年の新型コロナウイルス蔓延により,緊急事態宣言も手伝って,急速に普及した。まさに「奇貨居くべし」である。

 テレワークであるが,コロナ危機以前,厚生労働省のサイトでは日本19.1%(2018年)に対し,米国85.0%(2015年),英国38.2%,ドイツ21.9%,フランス14.0%(英独仏は2010年)となっており,格段に低かったのがわかる。2019年でも日本全体で20.2%,東京都で25.1%であった。ところが東京では2020年3月に24.0%であったテレワーク実施率(従業員30人以上の企業が対象)は,緊急事態宣言発令の同年4月には62.7%に急上昇した。その後50%代前半にまで低下するものの,数度の緊急事態宣言峙に60%前半にまで跳ね上がり,2021年7月時点で61.9%である。従業員規模が大きいほど数値は増加し,300人以上で85.9%,100~299人で69.4%,30~99人で52.8%である。

 それでは今後テレワークが定着するのであろうか。以前より総務省や厚生労働省などの政府機関が地域活性化やワークライフバランスの実現など,企業への普及が推奨されていた。コロナ危機以降は,三密回避やソーシャルディスタンスなどの理由からテレワーク導入企業が増えていることは間違いない。問題はアフターコロナにおいてテレワークが継続するかにある。

 まず大都市東京の人口増加であるが,2020年4月までほぼ毎年増加していたものの,コロナ危機以降は若干の減少に転じ,例年3月に減少,4~5月に増加するものの,2021年はその増加が少なくなっている。ニュースなどでも都心オフィスの減少や地方移住などが報じられ,テレワークはある程度普及するかとも考えられる。しかし日本全国で見た場合,テレワーク実施率の下位3県では東京都の十分の一以下であり,コロナの蔓延程度や人口密度により差が生じる。テレワークの発生は1970年代のアメリカロサンゼルスといわれ,マイカー通勤による交通渋滞や排ガスの大気汚染対策が原因とされている。極言すれば密集地域ではテレワーク化,閑散地域では対人勤務といったところだろうか。

 また,情報機器の安全対策も重要である。しばしばネットに接続しながらウイルス対策など個人レベルでは不備なケースも見受けられる。大企業ですら個人情報流出や大規模誤作動問題も発生している今日,テレワークに伴う個人レベルでの安全対策はますます不可欠であろう。さらにテレワーク時の勤務状況管理(勤務退勤や過剰勤務など)も不可欠である。政府機関などではパソコンなどでのログ管理(パソコンの操作,認証,エラーなどの情報を記録管理)を推奨しているが,テレワークでの従業員監視ともなりかねないため,使用に当たっては従業員への十分な説明が重要であろう。

 もちろんここでの「奇貨」はテレワークである。政府は早急な普及や健全な発展を急ぐあまり管理誘導を試みるが,基本は自由と市場に任せるべきである。そうしないと呂不韋のごとく,「奇貨」の末裔から破滅させられるかもしれない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2260.html)

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