世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2226
世界経済評論IMPACT No.2226

需要サイドからのカーボンニュートラルへの挑戦:大手町・丸の内・有楽町地区の熱供給事業

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2021.07.12

 昨年10月の菅義偉首相の所信表明演説をきっかけにして,日本では,カーボンニュートラルをめざす動きが活発化している。そこで注目を集めているのは,電力分野でのアンモニアを燃料とするカーボンフリー火力,非電力分野での水素還元製鉄・メタネーション・プロパネーション・合成液体燃料(e-fuel),炭素除去分野でのDACCS(二酸化炭素直接空気回収・貯留)などの新機軸の技術である。これらはいずれも供給サイドからのアプローチであるが,カーボンニュートラルを本当に実現するためには,需要サイドからのアプローチも必要となる。その際,手立ての一つとして浮かび上がるのが,地域熱供給事業である。

 今年の4月,東京・丸の内地区の熱供給事業を見学する機会を得た。同地区で事業を担うのは,三菱地所をはじめとする地権者によって設立された丸の内熱供給(株)である。

 日本の地域冷暖房事業は,大阪万国博覧会が開催された1970年に,大阪千里ニュータウンで産声をあげた。71年には冬季五輪開催を翌年にひかえた札幌で地域冷暖房事業が始まり,72年には熱供給事業法が公布されて日本熱供給事業協会が発足した。続く73年に丸の内熱供給が設立され,同年には三菱地所が丸の内二丁目で,76年には丸の内熱供給が大手町で,それぞれ地域冷暖房事業を開始した。丸の内地区の熱供給事業は,地域冷暖房業界の「老舗」的存在だと言うことができる。

 丸の内地区の熱供給事業は,他地区でしばしば見られるような特定のガス会社や電力会社が主導権をとる形で進められているわけではない。地区に根ざした丸の内熱供給という事業主体を中心に進められている点に特徴があり,その事業範囲は,三菱地所の所有ビルを中心にはしているものの,それを超えて大手町から有楽町までの多くの他社所有ビルにまで及ぶ。当該地区には一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会が設置されており,通称「大丸有(だいまるゆう)地区」と呼ばれるエリアの多様な地権者がその構成メンバーとなっている。同協議会は,「まちの将来像とその整備手法・ルールを地権者自らが話し合い,それらを行政と連携して実現することによって,東京のビジネスをリードする当地区の,豊かなコミュニティの形成とサステイナブルデベロップメントに取り組んでいる」(紹介パンフレットより)のだ。

 このような背景をもつ地区ぐるみの熱供給事業は,少なくとも2つの面でメリットをもつ。

 第1は,エネルギー源の確保に関して幅広い選択肢をもちうることである。三菱地所と丸の内熱供給は,今年の3月に「エネルギーまちづくりアクション2050」を発表し,その中で「熱電一体供給体制を通した総合効率の向上,電気・熱の脱炭素化」などを打ち出した。もちろん脱炭素化=カーボンニュートラルを実現するには需要サイドからのアプローチだけでは不十分であり,供給サイドでの施策が必要不可欠となる。しかし,需要サイドが脱炭素を高らかにうたうことによって,供給サイドに圧力をかけ,供給サイドを競わせて最適な施策の導入を迫ることはできる。それがメタネーションとなるのかRE100(再生可能エネルギー電源100%)の電化となるのか,あるいはそのいずれでもない水素利用になるのか。それは,供給サイドの努力次第である。丸の内地区の熱供給事業が特定のガス会社や電力会社に依存しないビジネスモデルをとっているからこそ,このような幅広い選択肢の確保が可能になる。それを,日本を代表するビジネス街で遂行するのであるから,丸の内地区の熱供給事業のアクションプランが,需要サイドからのカーボンニュートラルへの道を示すモデルケースとなることは間違いない。

 第2は,地区内の個別ビルの再開発に合わせて持続的に事業を発展させうることである。一般論として,本格的な地域熱供給事業は,都市部での大規模な面的再開発が行われない限り実行しえないと考えられている。しかし,地区全体をカバーするまちづくり協議会が存在し,「豊かなコミュニティの形成とサステイナブルデベロップメント」についての合意が存在する条件下で進められる大丸有地区の熱供給事業の場合には,アットランダムに生じる地域内の個別ビルの再開発を上手に活用して,街区の全体最適の深掘りを図ることができる。最近実現した丸の内二重橋ビルとOtemachi Oneの開発にともなう熱供給事業の深化は,その典型とみなすことができる。

 4月の見学では,これら2つのビルの現場での丸の内熱供給の新たな取り組みを,目の当たりにすることができた。

 東京商工会議所等が入居する丸の内二重橋ビルの再開発に当たって丸の内熱供給は,同ビル地下に新しいメインプラントを設置し,蒸気プラントの機能を移転して,冷温水事業の新規展開を進めた。また,新設した洞道内に蒸気・冷水配管を付設し,防・減災機能を高めるとともに,将来のビルの再開発に備える体制も整えた。さらには,丸の内二丁目地区との蒸気配管連携を行って地域配管ネットワークを拡充し,供給信頼性の向上を図るとともに,エネルギー効率化による環境負荷の低減やランニングコストの削減も実現した。

 丸の内熱供給の佐々木邦治専務は,この二重橋ビルプラントを拠点とするプロジェクトについて,丸の内の目抜き通りである仲通りの下に「熱の背骨を通すことができた」と説明された。シールド工法で掘削された新しい洞道には,地下鉄・有楽町線の下をくぐるため,急な勾配がついている。その一部を歩かせていただき,夢のような世界を体験した。普段頻繁に行き来する仲通りの真下に,このような「未来へ続くトンネル」が伸びていたとは,想像したこともなかった。

 昨年竣工した三井物産と三井不動産によるOtemachi Oneのプロジェクトにおいて丸の内熱供給は,旧三井物産ビル前のカルガモ池の地下にあった旧大手町センター(同社発祥のプラント)を移設し,あわせてOtemachi Oneサブプラントを新設するという離れ業をやってのけた。新しい大手町センターでは,国内最高水準の効率を誇る炉筒煙管式蒸気ボイラを採用し,業界最高効率の磁気浮上軸受二重冷凍サイクルインバータターボ冷凍機を導入した。一方,新設されたサブプラントは,Otemachi Oneプロジェクトにおいて,冷水供給と温水供給を担うことになった。

 カーボンニュートラル2050を達成するためには,需要・供給両サイドからのアプローチが求められる。丸の内地区の熱供給事業は,そのうちの需要サイドからの挑戦について,一つの有力なモデルを提供している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2226.html)

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