世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2199
世界経済評論IMPACT No.2199

観客入れて五輪強行するならワクチン接種底上げの手段に

藤村 学

(青山学院大学経済学部 教授)

2021.06.21

 新型コロナのワクチン接種が不十分なまま,東京五輪開催が1カ月後に迫った。五輪大会のホスト都市にとっての思わしくない経済史は前稿(『五輪招致は「勝者の呪い」?』2016年10月10日付)で論じた。不幸なことに,コロナ禍に見舞われ1年延期した時点でいわば「泣きっ面に蜂」状態となった。

 現段階で国民全体にとって大会実施のメリットをあえて見出す一案として,集団免疫獲得を早める手段に利用することを主張したい。

 一般に,ある新技術が社会に普及していくパターンにおいて,横軸に時間経過,縦軸に普及率を考えると,斜めに寝た格好のS字カーブが描かれる。これを新型コロナワクチン接種に援用すると,初期の「様子見」段階では,医療従事者や感染による死亡リスクが大きい高齢者層が接種を主導する。次に,接種の私的メリットが実証され始めると,リスク中立的な層が自発的に参入して接種が加速する。しかし,いずれは減速期に入る。それは,未接種者のなかに認知バイアス(副作用リスクの過大評価)をもつワクチン忌避層と,集団免疫に「タダ乗り」しようとする層が大半を占めるようになるからである。この減速期が訪れるのが早ければ早いほど集団免疫獲得が遠のいてしまう。

 ワクチン接種が減速したまま放置されれば,ウィルスの変異スピードに社会がついていけず,新型コロナのパンデミックが永遠に収束しないシナリオも想像できる。実際,イスラエル,カナダ,米国,英国,チリ,バーレーンといった接種率上位国(6月中旬時点)では最低1回接種の人口が5~6割のあたりで減速しているように見える一方,これらの国々の一部では感染再拡大の兆しが見られる。

 米国では,州によっては宝くじ,無料飲食物,無料観戦チケットなど露骨な「アメ」が乱発され,EUでは,ワクチン証明書発行という形で非接種者への経済活動制限という「ムチ」が導入されている。日本はまだ接種減速期に至っていないが,いずれ政策介入が必要な局面に移るだろう。そこで,五輪強行を,感染拡大リスクを抑えつつ集団免疫獲得を早める手段にする余地を探れないだろうか。

 東京や大阪の大規模接種会場の予約に空きが多いということは,自治体から接種券配布済みの高齢者層の多くが近隣のクリニック等での個別接種を選んでいるということだ。これを受けて接種対象年齢がすべての成人へ拡大され,さらに職域・大学での接種も始まるが,これらは五輪の有無にかかわらず自発的に接種を受ける層なので,集団免疫獲得を「追加的に」早める効果には貢献しない。

 五輪実施に伴う「追加的」な効果を狙うため,スタッフやボランティアへの優先接種に加え,チケット購入済みの観客に対して,ワクチン接種済み者に優先席を配分するといったインセンティブを導入できないだろうか。観客を入れて開催を強行する場合,彼らが飲食なしで競技場を静かに往復するとは考えにくく,感染拡大の最大のリスク要因になるだろう。五輪組織委員会によれば,販売済みチケットは収容人数の43.7%で7割が首都圏の人たちだという。この人たちのなかで五輪観戦意欲がワクチン忌避に勝る層を自己選択させることで,接種底上げと五輪体験提供の一石二鳥を狙うことが期待できる。ワクチン忌避が勝る層に対してはチケット代を払い戻せばよいだろう。

 生で観戦できない国民一般については,ワクチン供給に余裕がある自治体があれば,例えば生中継視聴の需要と供給が一致する飲食店とその顧客に対し,6月下旬から約1カ月間に限り,ワクチン接種手段を提供してはどうだろうか。若年層になるほどコロナワクチン接種に消極的な傾向にあるという国内の研究結果がいくつか出ている一方,彼らはスポーツ観戦を共有して盛り上がりたいという需要も大きいのではないか。

 以上のような案の実現性と感染抑止効果の程度は,各接種場でのワクチン供給量と打ち手数に制約されるので,事前に定かではない。ほかにもワクチン忌避層を前倒しに接種場へ向かわせる工夫はいろいろあるだろう。パンデミック下の五輪開催は世界初の社会実験となる。すべてのステイクホルダーが国民全体にとってのメリットを少しでも引き出すべく知恵を絞るべきだ。また,五輪主催者は国民に対し,感染拡大がコントロール不能に陥る様々なシナリオと,それに対応して各競技を中断したり縮小したりする目安を早く開示するべきだ。現状では説明責任を果たせていない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2199.html)

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