世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2033
世界経済評論IMPACT No.2033

「新型コロナ・パンデミック」が引き起こした,ヒューマン・キャピタル・クライシス

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2021.02.01

1.「人的資本」が被った,深刻なダメージと脅威

 2020年中国武漢に発生し,地球規模に感染が拡大した「新型コロナウイルスパンデミック」は,1年後の現在までに,全世界で約1億人の感染者と200万人の死者を数える未曾有の惨禍をもたらしている。この疫病はこれまで未知であったウイルスにより引き起され,グローバル経済社会の移動/輸送手段の多様化・高速化の中で,短期間に国境を越え,WHOをはじめ先進各国の危機管理対応が,後手に回ったこと等から,現状未だ終息/封じ込めのメドがたっていない。各国の医療・福祉産業(従事者)の負担は非常に重く,また観光・宿泊・輸送・飲食業などの対人的サービス産業の経営環境は依然として極めて厳しい。

 そうした中で,感染対策(マスク着用)や人の移動/外出制限・都市ロックダウンといった政策を巡って,欧米諸国では深刻な混乱や対立が生じた。しかも感染への恐怖が連鎖し,感染者への悪意/バイアス,医療/介護現場従事者に対する全くの偏見や謬見等が多発した。さらに各国で増加した医療現場の崩壊危機,医療産業従事者が直面した極度のストレス,医療/福祉に依存する患者・高齢者等の人々への多大なしわ寄せ,経済行動の「自粛」や「規制」,予期せぬリストラ・失職が直撃した生活の困難,移動や交友が制限されコミュニケーションが取れなくなるなかで亢進した孤立やメンタル面の悪化(最悪では自殺死の増加),感染リスクを恐れて通院・出生の抑制などが増加するといった間接的な「負の打撃」を含めると,世界各国での「人的資本」が被った被害・毀損は,甚大であると言わざるを得ない。

2.「21世紀のヒューマン・キャピタル・クライシス」

 ここで人的資本(ヒューマン・キャピタル)とは,OECDによる「広義の定義」に基づく「個々人に内在化された知識・技能(スキル)・能力・諸属性で,個人的・社会的・経済的な幸福を増進するもの」(OECD,2001)で,国連の「人間開発(human development)」に類縁する概念である。

 歴史的に見れば,これまでに人的資本の形成発展を妨げ,そのフロー・ストックに大きな打撃を与える要因として,戦争・紛争・自然災害等に加えて,「疫病」が指摘される。そして約1世紀前の所謂「スペイン風邪(インフルエンザ)」は,同時期の第一次世界大戦と同様,夥しい犠牲者を出した。パンデミックは,経済へのマイナス効果という視点を取っても,「人的資本」を著しく損なう。現在の新型コロナウイルス感染症も,その直接・間接的「人的資本」破壊は極めて大きく,まさに21世紀における「ヒューマン・キャピタル・クライシス」の到来といえよう。

3.グローバル・エコノミー下で拡散・増悪した「5つの危険因子」

 筆者は以前,本コラムにて,拡大・発展するグローバル・エコノミーに随伴して派生した5つのリスクを概括した。グローバル化——即ちヒト・モノ・カネ・情報の移動/流通速度の拡大・増大は,同時にその副作用として,5つの危険因子(Global Dangerous Elements, GDE)/破壊因子(Global Disruptor)の拡散をも増幅・加速させることとなった。即ち(a)ヒト(ISに象徴されるテロリスト,テログループ等),(b)モノ(麻薬等の違法・禁止薬物や有害・生態系を激変させる動植物の流入など),(c)カネ(マネー・ロンダリング,ダークWEB等を使った違法な金融取引),(d)情報(政府機関や企業,社会のインフラ網に対するサイバー・テロ攻撃,IOTや電子機器などへのウイルスやマルウェアによる攻撃,フェイク情報の拡散)の4分野において,我々が現在,直接・間接に直面しているリスクである。そして最後に,以前〔2018年〕からジョンズ・ホプキンズ大学が報告・警告(The Characteristic of PANDEMIC PATHOGENS)していた(e)GCBR(Global Catastrophic, Biological Risk,地球規模で破滅的な生物学的リスク)であるが,これが2020年に新型コロナウイルスの形でパンデミック化し,まさに100年に一度とも比喩される「テール・リスク」が21世紀に現実化してしまった。

 (a)~(d)の危険因子も大なり小なり「人的資本」を損なうが,(e)GCBRは,直接ヒトのフィジカル・メンタルを襲って,被害を拡大させる点で「人的資本」への被害は深刻と言わざるを得ない。

4.シニア層=災害弱者を直撃しつつある「コロナ・パンデミック」

 さてこれまで欧米よりは被害が軽度に推移してきた日本も,冬場にかけて感染増は抑え込めず,第三波の感染は,大都市圏を中心に急増して,対応する病床がひっ迫して,ついには欧米諸国が陥った「医療崩壊」が危惧される事態に迫られて,現在(2021年1月末)「緊急事態宣言」下にある。日本の感染者・死者数は冬季に急増し,現状感染者が約38万人,死者が約5400人にのぼっているが,ワクチンが接種されるまでは,危機予防策としては「3密回避」「マスクと手洗い」などの自助努力に,殆ど依存しているという「現実」には,やはり恐怖を覚えてしまう。

 また感染者の増大に入院・療養施設の手配が間に合わず,自宅待機(療養)を余儀なくされる中で,症状が急激に悪化し亡くなるケースが発生・増大しつつある。この場合,重症化リスクが高いとされる人々(高齢者,基礎疾患保有者)は最初は無症状でも,その後急激に増悪した場合に,果してスムースに入院・治療が得られるのか,等といった重度の不安に晒されよう。

 もちろん新型コロナ・パンデミックがもたらした,いわば「強制・準強制・自主的」な逼塞や感染恐怖の増大(メディアや易同調性によって増幅),コミュニケーション不足がもたらす「閉塞状況」についても,若年層をはじめ全ての世代に深刻な心的負担をもたらしており,今や本格的なメンタルケアが不可欠なことはいうまでもない。勿論経済的なサポートを含め,総合的な対策,危機管理政策が必要なわけである。

 今回は,日本がこのところ頻繁に被っている自然災害(地震・風水害など)で高齢者(とくに治療を要する疾患を抱える層)が,いったん避難所に移った後,環境変化やストレスでダメージを受けたり,車上生活を余儀なくされた人々が,その後災害関連死してしまうという「災害弱者の犠牲」の発生が,形を変えて発生しているともみられるが,とくにワクチン接種が実施されるまではハイリスクに晒されるシニア層や基礎疾患保有者にとっては,重大な問題である。

5.「人生100年時代」に立ちはだかる「災害・感染症」リスク

 新型コロナウイルスは,上記GCBRが現実化した「シビア・アクシデント」であるが,高齢者にとって,グローバル経済社会では,これまでもSARSやエボラ出血熱といった深刻な感染症が発生・流行を繰り返しており,GCBRはもはやテールリスクと見なすわけにはいかないであろう。

 日本は世界でも有数の長寿大国を達成し,人生100年時代の到来が展望されている。そうしたなかでこれまで生活習慣病への対応・予防が,「健康寿命」の伸長に効果を挙げてきたのであるが,繰り返される「災害死」に「感染症のリスク」が加わるなかで,高齢者自身にとってもますます危機管理の重要性が増してきていると言わざるを得ない。

 こうした高齢者の安全確保や医療・福祉は,概ね公的な費用負担に裏付けられた「社会保障」「福祉政策」の問題であったが,すでに財源や公的負担が限界に達しつつあるのが実情である。長期トレンドとして人口減少が避けられない日本にとっては,高齢層の活躍,健康寿命の延伸は「人的資本」の維持の観点からも不可欠である。今後とくにDX時代の到来と共に,ICTを駆使した医療・福祉・健康分野での様々なイノベーションの創出こそ,「ヒューマン・キャピタル」への投資効果が高く,将来にわたる「ヒューマン・キャピタル・クライシス」への予防ともなろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2033.html)

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