世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1989
世界経済評論IMPACT No.1989

インドへの海外直接投資のリスク:緯創資通(ウィストロン)のケース

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2020.12.21

 12月12日,インド南部のIT産業のベンガルール付近の台湾系企業の緯創資通(ウィストロン)傘下のナサプール工場に暴動が発生した。最初はストライキで,のちに2000人の暴動になった。工場本館のガラスが割られ,機械設備が壊され,自動車が焼損され,数千台のアップルのiPhoneが盗まれた。損害額は43.7億ルピーであるが,ウィストロンは保険をかけているため,初期見積もりの損失額は1~2億台湾元で,当初で言われたような大きな損失はないという。

 暴動を引き起こした側は,ウィストロンが賃金を厳しくカットし,「搾取」だと主張した。その言い分は,当初,工学系大卒の賃金は,月額約8030台湾元(1台湾元は約3.7円)であったが,後に6116台湾元に下げられ,最終的に4587台湾元を支払った。非大卒は当初,月額3063台湾元であったが,実際に支払ったのは191台湾元であった。一説では数カ月分の未払いもあった。

 ウィストロンの現地駐在員の言い分は,暴動を引き起こした人は工場の従業員ではなく,関係がない赤の他人である。従業員は自社の雇用ではなく,5~6社の人材派遣業者に依頼し,派遣したものである。賃金は毎月,人材派遣業者に支払っているという。

 緯創資通(ウィストロン)はもともとパソコン大手の台湾のエイサー(宏碁)のOEM(パソコンの受託生産)部門である。2001年にブランド企業(ABO)としてエイサー(Acer),デザインと製造サービス事業(DMS)としてウィストロン(Wistron),ブランドと製造を兼ねた明碁(後に明基電通BenQを経て,佳世達科技Qisda)に分社化した(注1)。分社化以降,ウィストロンはパソコンのOEM・ODM生産の専門企業になり(注2),近年,アップル社のスマートフォンiPhoneの第3サプライヤーで,第1サプライヤーは鴻海(ホンハイ),第2サプライヤーは和碩聯合科技(ペガトロン)である(注3)。主にiPhone SEを製造している。

 ウィストロンの主な工場は中国に置いているが,米中貿易戦争以降,中国製品のアメリカへの関税引き上げによって,インドへの生産基地に移転が始まり,7月に上海近くの昆山工場を中国の立訊精密工業(ラックスシェア・リミテッド)に売却した。

 先ほど述べた暴動側の言い分を見ると,疑問点がある。ウィストロンは既に国際級の大企業であり,既に中国,マレーシア,フィリピン,メキシコ,インド,チェコに工場を設けている。海外進出には経験を積んでいるので,賃金のカットや数カ月の未払いはあり得ない。今年の3月~4月に新型コロナウイルスの猛威でインドの都市が封鎖され,鴻海とウィストロンの工場操業が中止した。この工場の操業中止の対象になったのかは不明である。

 ウィストロンはインドに3つの工場があり,今年に設立した工場だけに暴動が発生した。ウィストロンによると,従業員は自ら雇用したのではなく,人材派遣からの派遣である。この点から考えると,人材派遣業者が賃金をピンハネした可能性がある。今年は新型コロナウイルスの影響で就職難であり,ウィストロンが無実の罪を着せられたと筆者は考えている。詳細は今後の調査で明らかになるだろう。

 また,ウィストロンは現地化を推進するため,現地の工場長は現地の人(インド人)を雇っている。現地の高層トップから下に至るまでグルになって,恐喝して賃金アップを巻き上げることも考えられる。中国語では「内神通外鬼」と書いて,「内部の人間が外部の人と共謀し,悪事をした」意味である。内部の不正が発見されたので,ストライキや暴動の手段で,全資料を焼き,外資系企業を脅迫する手段である。暴動を引き起こしたのは,現地の官僚や暴力団関係者の可能性も排除できない。外資系企業が現地に投資したので,金銭を要求するという腐敗の典型である。

 ウィストロンはインドに進出して11年間もたった。ウィストロンとインド首相のナレンドラ・モディとの関係がよく,直接的にモディ事務室に電話をかけられる関係のため,現地の政府関係者との交流が進んでいない。これも暴動を引き起こした一因ではないかとも考えられる。

 インドの「賄賂文化」が横行している。例えば,町の屋台の行商人は月に1100ルピー(約1540円)の上納金の支払い。都市での求職や農村から都市への転職に1.8万ルピー(約2万5200円)の賄賂が必要である。毎年,600ルピー(840円)で交通警察関係部署から通行証を買うと,交通違反の罰金や難癖を解除できる。インド人の51%は少なくとも1回以上の賄賂を支払ったという。

 2020年10月6日,インド電子情報技術省(MeitY)は,電子機器製造の生産連動型インセンティブ(PLI)スキームの認定企業16社を発表した。ウィストロンもそのなかの1社である。これからの警察関係者の調査で暴動の真実も明らかになるだろう。その動きから眼を離せない。

[注]
  • (1)朝元照雄『台湾企業の発展戦略』勁草書房,2016年,第4章「エイサー(宏碁)」に詳しい。
  • (2)朝元照雄『台湾の経済発展』勁草書房,2011年,第5章「ノートパソコン産業における台湾企業の役割:ODM・OEM企業群における”Made in China by Taiwan”の様相」に詳しい。
  • (3)中原裕美子「受託生産専業メーカーの新たな展開の一事例:ウィストロンの模索と脱皮」『エコノミクス』第24巻3・4号,2020年に詳しい。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1989.html)

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