世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1970
世界経済評論IMPACT No.1970

米国の政治空白が国際情勢に及ぼす影響

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2020.12.07

 トランプ大統領が,選挙での敗北を認めず,不正故の無効を主張し,各州での開票の停止などを求めていた一連の訴訟。ミシガン,ジョージア,ネバダ,アリゾナ,ウイスコンシン,ペンシルバニアなどの裁判所はいずれも,具体的根拠なしとして,門前払いの判決を下し続けた。結果,トランプも状況の劣勢を覆い隠すレトリックを失い,11月末になって漸く,バイデン陣営への政権引き継ぎ作業に,現政権事務方が協力することを容認するに至ったのは周知の事実。

 思えば,短くも長い,政治の空白だった。一国にとっての危機は,往々,そうした時に顕在化する。妥協の専門技術ともいえる政治が機能を失い,荒々しく既成事実を積み重ねた方が有利となる。つまり,意志と強要が生のまま表面化するからだ。

 建国から未だ250年も経たない米国でも,歴史上,その種の危機を何度か経験している。典型例は,南北戦争(1861~65)だろう。現在の共和党の初代指導者リンカーンが大統領選に当選したのが1860年11月,実際の就任は1861年3月,つまり,当時は4か月の政治空白期があった。

 この間,退任する現職大統領がレームダック化する中,南部諸州はそれぞれの州議会の決議を経て,一方的に連邦離脱を決めたのだ。次期大統領のリンカーンが,一般投票でも絶対多数を確保できず,且つ,南部諸州では全く勝てなかった,そんな事態を南部諸州は,“弱い大統領”の誕生と見做した。だから,そうした状況下,北部出身の弱い大統領に,南部諸州は自らの経済基盤たる奴隷制に口出しするなと迫ったのだ。トランプ流にいえば,奴隷制確認を求めて,強面でディールしようとした,となる。事実,南部諸州の盟主ともいうべきバージニアは,周辺諸州が連邦離脱を決めて行く中,一人連邦内に留まり続け,離脱した南部諸州の代表として,リンカーンと交渉しようとしていたのだと推察される。だが,リンカーンは,そんな南部の圧迫に屈しなかった。

 時代が下って,政権移行期の米国を,当時の先進国や中進国が突き上げたケースとしては,G20の誕生例が挙げられよう。2008年の大統領選挙直前の9月,リーマンショックが発生した。諸国はこれを,米国発の金融危機と見做した。11月の選挙で民主党オバマが当選する。だが,翌年1月の新大統領就任までは,共和党のブッシュが未だ現職。そんな政治の空白期にフランスが仕掛けた。緊急のG7で,この問題を取り上げようとしたのだ。もちろん米国は,この提案を拒否。そうするとフランスは,国連の場でこの問題を取り上げると言い出す。ブッシュは,この提案も拒否した。米国が国連全加盟国の前で批判されることが必至だったからだ。そうした手順を踏んでおいて,フランスは徐に,世界経済でそれなりの役割を果たしている国々が集まって意見交換する場の創出を主張した。ブッシュは,その場を意思決定の場としないことを条件に,しぶしぶ会合を承認した。かくしてG20が誕生した。それまでは,世界の経済問題はG7の場で話し合われるのが通例だった。ところがG20の誕生で,中国やインド,メキシコや南ア,ブラジルや韓国などの,中進諸国が世界の経済問題に発言する場が出現する。以後,彼ら中進諸国は,一度手にした発言の場を二度と手放そうとはしなくなる。国際政治の力学に,G20という新たな要素が導入された瞬間だった。

 同じようなことが,米国の新旧政権交代期のまさに現下,世界各地で起こっている。例えば,中国のアジア関与の度合いが,目に見えて強化された。長年の交渉でも,らちが明かなかったRCEP(アジア諸国を縫合する包括的連携協定)が,恐らくは中国の大幅譲歩で,成立したことなどは,そうした中国関与の強化を示す典型例だろう。習近平は,更にTPPへの中国加盟をも示唆するほど…。TPPが,そもそも異質の中国経済を,態よくアジア・太平洋経済圏から切り離す,オバマの米国がそんな戦略意図を持っていたにもかかわらず,である。機を見るに敏な,中国外交の面目躍如といったところか…。或いは,香港問題で,中国が一気呵成に香港の一国二制度を覆したのも,そうした典型例に入るだろう。いずれにせよ,TPP不参加とRCEP誕生で,バイデン新大統領誕生の直前,アジア太平洋経済圏での米国の足場は,切り崩されたに等しいことになってしまった。逆に言えば,そうした状況を幾ばくかでも挽回するためには,米国の対中強硬姿勢は,当分維持されざるをえなくなったわけだ。米国の,中国ハイテク技術封じ込めと,経済安全保障への一層のコミットを同盟国に求める姿勢も,これで一層強まらざるをえなくなってしまった。

 中東も動いている。彼の地では,この間,イスラエルの首相がサウジアラビアを秘密裏に訪問した。亦,イランで長年,核兵器の開発に携わってきたと目されていた科学者が射殺され,イラン当局は,イスラエルと米国が背後にいると非難している。前者は,トランプ外交の結果,イスラエルを承認する中東諸国が激増,そうした関係を活用し,この際,イスラエルの方からサウジを取り込もうとした動きだろうし,後者は,そうした状況下,イスラエルの天敵イランを,一層孤立させようとのイスラエル側の仕掛けとも,解されうるからだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1970.html)

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