世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1943
世界経済評論IMPACT No.1943

バイデン新政権を歓迎・警戒する中東諸勢力

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2020.11.16

 全世界がその結果に注目したアメリカ大統領選。8日大勢が決し,民主党のバイデン・ハリスコンビが勝利した。郵便投票の集計等に時間がかかり投票から4日後のことであった。

 世界各国の指導者たちは早速バイデン陣営に祝辞を送った。イラクのクルディスタン地域の大統領ネチルワン・バルザニ,シリア民主軍の参謀長マズルーム・アブディといったクルド人の大物も早々にその流れに倣った。SNS上でもクルド人は概ねバイデン新政権の誕生を歓迎していた。クルド人は当初弱腰のオバマに代わり,イスラム国打倒に向けたクルドへの本格的支援を打ち出し,またイランやトルコといったクルド人を弾圧する国に強硬なトランプ政権を支持した。こうした当初の政策はマティス等優秀な幕僚に支えられた。こうした人材はトランプの朝令暮改に付き合いきれなくなり,解任また自ら政権を去ることになった。トランプ政権は2019年,トルコによる北シリア侵攻を許しクルド人の間では裏切りへの怒りの声で満ち満ちた。クルド人もトランプ疲れにより政権交代を待望した。クルド人はアメリカの民主党支持者同様,バイデンよりも若く働き盛りの新副大統領カマラ・ハリスに期待する。ハリスがトランプの裏切りを非難する等,クルド寄りの発言を繰り返してきたことによる。

 敵国イランのハメネイは誰が大統領になっても変わらない,と冷ややかなメッセージを発した。またイラン同様アメリカに挑戦するトルコのエルドアンは11日,やっとバイデンへ祝辞を送った。トランプは,米大統領選直前に至りトルコにより都合のいい存在となった。それ以前は厄介な存在であった。オバマ政権時代より大幅に北シリアのクルド人への武器支援を拡充した。また,2018年のブランソン牧師拘留問題において,トランプはブランソン氏を解放しなければトルコ経済を壊滅させると宣言し,経済制裁によりトルコリラは暴落した。その後,トルコ側の懸命のロビー活動により,私益と国益を混同するトランプを取り込んだ。しかし,その僅か数か月後にバイデンが次の大統領に内定した。中国が一見攻撃的なトランプよりも実は堅実なバイデンを警戒するように,エルドアンもまたバイデンをトランプより厄介な存在とみる。アメリカの世論が反中国,反トルコに傾くのを止めることができない以上,それら国々にとってはできるだけ無定見な大統領のほうがいいというわけである。それがエルドアンの祝辞の遅れにつながったとみられる。そして,トルコは米大統領選の最中に,ますます領土的野心を露にしている。10日,1カ月以上続いたナゴルノ・カラバフの戦闘がロシアの仲介で一旦終結した。この時点でアゼルバイジャン軍は中心都市ステパナケルトに近いシュシャを陥落させており,停戦合意によりアゼルバイジャンは実力で占領した地域と並んでアルメニア本土とナゴルノ・カラバフを結ぶ地域までも手中に収める見込みとなった。アゼルバイジャン国内は94年のナゴルノ・カラバフ紛争以来,初めて領土を奪還したと歓喜に湧いている。アゼルバイジャンを支援したトルコもまた,自国の軍事的成功と捉えている。今回の一件に自信を深め,地中海でも挑発行為を強めるだろう。ギリシャには既にアメリカ海軍の空母が停泊する。アメリカはトルコの暴走を止めるために,オバマ政権時代に国務長官ジョン・ケリーが推進したロシアとの部分的協力に回帰する必要がある。第二次世界大戦時も欧米陣営とソビエト・ロシアは相互に反目しあっていたが,最終的に共通の敵・ファシズム打倒のため手を組んだ。バイデン陣営の唱える「アメリカを再び尊敬される国にする」を実現するには,世界秩序を乱す国家に対し厳しい決断を下さなければならない。

 バイデン新政権を歓迎する勢力の期待が失望に変わるか,また警戒する勢力が見かけ倒しと見くびることになるか,権力が移譲される新年までバイデン陣営に勝利を喜ぶ暇はない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1943.html)

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