世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1819
世界経済評論IMPACT No.1819

技術冷戦と覇権

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2020.07.20

 世界中の人が「コロナ」で苦労しているが,一つ,いいことがある。去年までは,今年11月の選挙でトランプが再選されるだろうと言う人が多かったが,バイデンが勝つ可能性が出てきた。例えば,7月16日のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の記事(Biden Expands Lead as Trump’s Approval Drops)に拠ると,WSJとNBCの世論調査で,バイデンに投票すると答えた有権者は51%,トランプ支持の40%を11ポイント上回った。

 マティス前国防長官が『アトランティック誌』で言っているように,ドナルド・トランプは国を分断しようとしている。国を分断しようとする初めての大統領。社会の安定が,経済的繁栄の必要条件であることも分からない大統領。何度も書いているが,ドナルドおじさん,世界平和にも世界経済の安定的発展にも,アメリカの繁栄にも,本当は関心がないのだろう。「どうしたら自分の人気が上がるか」,「支持率が上がるか」だけに関心があるんだと思う。何しろ,「自分は安定した天才だ」と豪語するくらいだから,専門家の意見など聞く耳を持たない。2月末には「コロナなど風邪みたいなものさ」と軽視していた結果,アメリカで感染が蔓延し,結果,自分の支持率が下がってきて,大慌て。

 一方中国は,認めようとしないが「覇権」を求めている。覇権は,政治力,経済力,軍事力,技術力の総合的力だ。天安門事件からもう31年。中国は天安門事件に対する国際社会の厳しい批判を受けて,無茶はもうしないだろうとどこかに書いたが,いまの香港に対する北京の姿勢を見ると,筆者は、甘かったようだ。

 貧しい小国の独裁者のように国が介入し,国を分断して,経済的繁栄を求める,おかしな大統領。国内の格差をものともせず,民族問題を抱えつつ「覇権」を求める中国。5Gなどの先端技術の米中覇権争い。我々は難しい時代に生きている。アメリカは,自国の産業が競争に晒されると「安全保障上の脅威」を持ち出す。かつては,その相手が日本企業だったが,いまでは,ファーウェイなど中国企業にその矛先が向けられている。

 むかし,日本の産業政策を批判したように,アメリカはいま,「Made in China 2025」をやり玉に挙げている。日本との軋轢の時代といまを比べると,情報通信技術の急速な発展はめざましいものがある。特に5Gなど次世代通信技術は製造業などすべての産業分野に関わる。次世代通信技術をリードするファーウェイなどに「政治的圧力」かけてアメリカ企業を守ることが,アメリカ企業の競争力を高めるとは思えない。目先のパフォーマンス,短期的利益優先のトランプ政権の姿勢は明らかだ。

 ファーウェイの通信器機を使うことによって情報が抜き取られるとアメリカは言う。そういう可能性はあるだろう。でもアメリカの情報機関も同じようなことを,過去にやったことがある可能性もあると思う。筆者のような文化系人間には理解の域を超えるが,解読できない暗号化,あるいは量子コンピュータでも解読がきわめて難しい暗号化は出来ないだろうか。

 イギリス政府は7月14日,それまでの方針を転換して「ファーウェイ排除」を発表した。アメリカの要請があったことは間違いないが,本当の意志決定プロセスは分からない。世界中で飛び交う膨大な情報のうち機密情報はどれくらいの割合があるのだろうか。インテリジェンスの基本は,多くの公開情報からいかに本当の真実をあぶり出すことなのではないだろうか。そのために一番求められる能力は,歴史観であり,本質的な教養じゃないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1819.html)

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