世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1741
世界経済評論IMPACT No.1741

近未来にありうる三つの電力ビジネスモデル:発送電分離の先にあるもの

橘川武郎

(国際大学大学院国際経営学研究科 教授)

2020.05.11

 2020年の4月,電力システム改革の仕上げとして,発送電分離が実施された。東京電力・福島第一原子力発電所事故後,今日までの電力業界の動向を念頭に置くと,この発送電分離や柏崎・刈羽原子力発電所の再稼働をきっかけにして,電力業界に新しいビジネスモデルが登場する可能性がある。

 とは言え,目下のところ電力業界では,旧態依然の「原子力依存型」モデルが支配的である。大半の旧一般電気事業者は,原子力発電所の再稼働を再重点課題としている。原発再稼働は,収益効果が大きいだけでなく,電気料金引下げを通じて電力市場での競争優位確保を可能にするからである。すでに再稼働をはたした関西電力・九州電力・四国電力が,「電力業界の勝ち組」とみなされるゆえんである。

 これに対して,「非原子力大型電源依存型」モデルとでも呼ぶべきものが,出現するかもしれない。その契機となるのは,柏崎刈羽原発の再稼働である。

 福島事故の事後費用は,少なくとも21兆5000億円に達するとされている。事故を起こした東電が支払える金額をはるかに超えており,電気料金への算入等を通じて,やがて国民が負担することになるのは避けられない。そうしなければ,福島復興はありえないからである。

 しかし,ものごとには順番がある。まずは東電自身が徹底的なリストラを遂行することが重要で,そのあとで初めて,国民負担は行われるべきである。東電の徹底的なリストラとは,柏崎・刈羽原子力発電所の完全売却にほかならない。その売却で得た資金は,全額,福島第一原発の廃炉費用に充当すべきである。

 巨額の国民負担が生じるにもかかわらず,事故を起こした当事者である東電が,たとえ他社と連携する形をとったとしても,柏崎刈羽原発を再稼働し,原子力発電事業を継続することになれば,日本国民の怒りは頂点に達する。国民がそのような状況を許すことは,けっしてないだろう。つまり,柏崎刈羽原発の再稼働が起こりえるのは,東電が同原発を完全売却し,当事者でなくなった場合だけだということになる。

 東電は,誰に対して柏崎刈羽原発を売却するのだろうか。買い手候補の一番手として名前があがるのは,柏崎市や刈羽村を含む新潟県を供給区域とする東北電力である。ただし,東日本大震災で大きな被害を受けた東北電力は,柏崎刈羽原発を買収するだけの財務力を有していない。国の支援が求められることになるが,直接的な原発国営に関しては,財務省筋からの強い抵抗が予想される。そこで,出番があると考えられるのが,日本原子力発電(原電)である。原電の最大株主は東京電力であるが,東電は現在,国の管理下にあり,原電は,事実上,準国営企業だと言える。

 柏崎刈羽原発の売却で,2017年に策定された東電の事業再建計画である「新々・総合特別事業計画」(新々総特)は,完全に崩壊する。新々総特は,東電の手による柏崎刈羽原発の再稼働を,事業再建の柱としていたからである。新々総特の崩壊で東電は,火力発電事業からも手を引くことになり,同社と中部電力の合弁で2015年に設立された火力事業会社である(株)JERAは,完全に中部電力のものになる。

 JERAが傘下にはいることにより,「世界最大級の火力発電会社」となる中部電力にとって,再稼働が遅れている浜岡原発の必要性は低下する。同様の事情は,稼働への見通しが立たない大間原発を抱える電源開発(Jパワー)にも存在する。Jパワーのコア・コンピタンス(競争力の源泉)は,あくまで高効率石炭火力と系統連結送電線にあり,原子力ではないからだ。そうであれば,中部電力とJパワーが,それぞれ浜岡原発と大間原発を,新たに柏崎刈羽原発を運転することになる原電中心の準国営企業に売却する可能性がある。そうなれば,中部電力とJパワーは,「非原子力大型電源依存型」モデルをとる電力会社となる。

 しかし,あえて直言するならば,ここまで述べてきた「原子力依存型」モデルや「非原子力大型電源依存型」モデルは,電気事業のあるべきコア・コンピタンスを「誤解」していると言わざるをえない。電気事業の真のコア・コンピタンスは,けっして発電力にあるのではなく,停電を起こさない系統運用能力にあるからだ。電気は,基本的には,生産したと同時に消費しなければならない特殊な商品である。発電は他の事業主体でも担いうるが,系統運用は電気事業者にしか遂行できない固有の業務であることを忘れてはならない。

 それでは,系統運用能力をコア・コンピタンスとする第3のビジネスモデルは,電力業界に出現しうるのであろうか。この問いに対しては,肯定的に答えることができる。東電による柏崎刈羽原発の完全売却と発送電分離とをきっかけにして,系統運用を再重点課題とする「ネットワーク重視型」モデルが登場する可能性がある。

 現時点で「ネットワーク重視型」モデルに最も近い立ち位置にいるのは,東電傘下のネットワーク会社である東電パワーグリッドと,小売会社である東電エナジーパートナーである。柏崎刈羽原発の完全売却によって,これら両社は,原子力事業から切り離される。それでも,東京の近辺の地下を東西および南北に走る27万5000Vの高圧送電線を擁し,世界有数の需要密集地域で営業するという特徴を活かせば,両社の経営は維持しうる。従業員にきちんと給与・ボーナスを払いながら,福島への賠償を半永久的に行うことができるだろう。皮肉なことに,福島事故を起こした会社の後継事業体である東電パワーグリッドと東電エナジーパートナーが,原発を含む大型電源と切り離されることによって,未来形の「ネットワーク重視型」モデルの採用において,先頭に立つ可能性が高いのである。

 いずれにしても,近未来の電力業界においては,旧態依然とした「原子力依存型」モデル,その亜流である「非原子力大型電源依存型」モデル,そして本来のあるべき姿である「ネットワーク重視型」モデルという三つのビジネスモデルが並存して,錯綜した展開をみせることになるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1741.html)

関連記事

橘川武郎

国際ビジネス

資源・エネルギー

日本

最新のコラム