世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1724
世界経済評論IMPACT No.1724

ポスト・ウイルス禍社会の政治・経済課題

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2020.05.04

 コロナ・ウイルスの感染拡大阻止に向けた世界各国の戦いは,微妙な段階に入っている。先進諸国の一部では,蔓延阻止にはまだまだ気が抜けないという側面と,これ以上の経済活動の低下は耐えられないという側面が,鬩ぎ合うような状況となっているからだ。

 そんな中,真っ先に経済活動再開に進んだ中国は別として,米国やドイツでも,政府指導者の関心は,次第に経済再開の方にウエイトが傾きつつあるようだ。日本でも,早晩,こうした股裂き局面に入ることが想定されるが,そうした局面到来に先だって,此処では一般論として,今回のウイルス禍への対応として打ち出した各種措置が,今後,どのような影響を経済や社会に残すか,問題提起として,思い付くままに六点を列挙しておきたい。

 先ずは,政府の社会活動抑制指示によって,生産と消費の両面で,経済のメカニズムが一気に変調してしまった点だ。譬えれば,走行中の自転車で,いきなり急ブレーキがかかり,加えて車輪のチェーンが外れてしまったようなものだろう。急ブレーキによって,需要は急落,一方,生産の方もサプライチェーンやマーケットのいきなりの枯渇で,速度がこれ亦急減,結果,自転車は走らなくなり,人々は徒歩で自転車を運ばねばならなくなったのだ。政府による営業停止要請に対する補償や生活支援金の供与は,徒歩で自転車を運ぶ人々へのエネルギー飲料の提供の様なものだろう。いずれにせよ,一旦落ち込んだ需要が,いきなり元の水準にまで戻るとは考えづらく,結局は,生産の水準も,中途半端に回復する需要水準以上には戻れない,と考えた方が現実的なのではあるまいか。

 二つは,金融市場で,政府や中央銀行などの公的主体の役割が大きくなり過ぎている点だ。政府の能力を超えた歳出散布,市中への中央銀行などの形振り構わぬ資金供与,或いは,株式購入等など。その多くが,経済合理性よりも統治の原理で発せられたもの。故に,影響は後々まで残り続ける懸念が払拭しえないのだ。早い話,財政健全化への道は一層遠くなっただろうし,そうなれば近い将来の増税は,今や不可避のように感じるのは筆者だけであろうか。或いは,株式市場にしても,中央銀行が大量に買い支えた各種証券や株が,逆に,市場の正常化への大きな障害になるのではと,案じるのだ。

 三つは,原油価格の大幅下落。其れがシェール開発を阻害し,そうした企業群が発行している多くのイールド債を紙くずと化させ,米国の金融市場を揺るがすかもしれない。或いは,化石燃料の価格の大幅低下で,これ亦,環境問題への取り組みを遅らせ,地球温暖化を一層加速させるかもしれない。

 四つは,今回の事態が,此れまで唱えられてきたグローバル化の足下で,実はローカル化が進展していた実態を白日の許に晒したことだ。一口に,カネ,モノ,ヒトの国境を越えた移動の自由といわれたが,現下の実態を客観的に観察すると,いずれも自由化からの大幅な後退が明白となるからだ。例えば,米国の銀行発行の小切手を日本の銀行が受け取らなくなっているし,米国在住中に発行して貰っていた米国のクレジットカードは,日本に帰国した途端,有効期間が過ぎてしまうと,米国外在住者への再発行に大幅な制限が課せられるようになっている。だったら,オンラインバンキングで対応せよと言われても,それには同銀行発行の暗証番号を手中にしていることが必要条件。その番号そのものが,国外在住者には更新が難しい。要は,決済システムそのものが,個人としての外国人には極めて使いづらいものになってしまっている。

 状況は,モノの移動に付いても同様だろう。トランプ・習の間での関税賦課競争などは,そうしたモノの移動の自由化からの後退の最たる例だろう。そして今回のウイルス絡みでの入国制限措置などは,ヒトの移動にも制約が容易に課される先例を創った様なものではないか。言い換えると,国境が改めて再発見されたというわけだ。

 五つは,グローバル化からローカル化への変質とも絡むが,国境を越えたモノの交流の分野でも,食糧安保と同じような考え方が顕在化し始めている点だ。自国内での食料の安定供給確保のために,国境を閉じる。同じような発想で,国内での部品供給を確保するために他国への部品輸出を制限する。トランプ大統領が国内への製品供給を確保するため,米国の製造企業に外国への輸出を禁止する措置を課したケースなどは,そうした事例の典型例だろう。

 六つは,以上に述べた様な政府の権限と政策目的の調和をどの様なバランスで組み合わせるかの問題だ。今回の様に,医療サービスの最大限の提供や人々の最低限度の生活確保,或いは,営業停止を要請した企業や商店への補償等など,それらの全てを政府の義務と考えるか,非常時の緊急措置であって,常態とはしないとして,社会における政府の在り方を旧に復するのか,或いは,政府の義務が新しく増えたとして,そうした体制(例えば医療制度)を創るため,政府に新しい権限とカネを与えるのか。要は,政府の能力の限界と政策目標の肥大化とのバランスをどう取るかの問題だ。

 いずれにせよ,以上の様な諸課題への対応を,自宅待機中のこんな時こそ,じっくりと考えてみる良き機会ではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1724.html)

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