世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1683
世界経済評論IMPACT No.1683

オンライン授業を真剣に考えた方が良い理由

牧野成史

(香港中文大学 教授)

2020.04.06

 香港では2月に全ての大学がオンラインの授業へと移行した。筆者の勤務する香港中文大学でもトップダウンの決定で事前協議も無くほぼ強制的に施行された。筆者がオンライン授業を行うように指示を受けたのは1月28日のことである。私のエクゼクティブMBAの授業は2月1日から始まる予定だったのでわずか3日前の通告であった。私はこの連絡を受けた時に海外出張中であり突然の連絡に驚いた。オンラインの授業などやったこともないしZoomというソフトウエアのことも全く知らなかった。対面授業の強みは,ディスカッションを通して「暗黙知の移転」,「授業への主体的な参加」,そして「学生間の交流」を促進するところにある。オンラインでこれらの教育効果の実現が可能か大いに疑問があった。

 授業は出張から戻った翌日に始まった。ガランとした教室で一人パソコンのカメラに向かって授業を行う。幸いソフトに詳しいスタッフを付けてくれたので大きな戸惑いはなかったが,授業はケース・ディスカッションを主体とした内容だったので,オンラインでどれほどディスカッションが可能か大いに不安であった(私のクラスは60人以上生徒がいる)。ところが結論から言うと,授業は意外にスムーズに進行した。ケース・ディスカッションについていえば,意見が大きく分かれる内容の議論については,「Breakout room」というバーチャルな空間を利用してグループで討論してもらい代表者がグループの意見を述べ,それを私がまとめて議論を展開しさらにグループ討論を重ねていった。意見がそれほど分かれない内容(例えばケースに描かれている事実関係)の確認などについては「チャット」機能を使って生徒たちに自由にテキスト・メッセージを送ってもらった。テキスト・メッセージは全ての生徒に共有されるが,その場の流れと内容の重要度に応じて取り上げたり取り上げなかったりする。生徒も私もこのやり方に慣れてくると,次第に双方に「あ・うん」の呼吸のようなものができてきて授業の流れがスムーズになってくる。当初,オンライン授業では講師の側からの一方通行のコミュニケーションで終わってしまうのではないかと危惧していたが,工夫次第で双方向のコミュニケーションが可能であることを感じた。私と同様当初不安に思っていた同僚の中にも「むしろ対面式でない分だけストレスが無い」「授業の進行をより効率的にマネージすることができる」「わざわざ教室に行かなくても良いので時間の節約になる」と好意的な感想を持つ人も多かった。生徒たちの適応能力にも驚かされた。普段からSNSを使いこなしている若い学生たちにとってオンライン授業への心理的抵抗感は私ほど強くなかったようだ。

 デジタル技術の進展で,多くのビジネスはオフラインからオンラインに移行しつつある。大学は教員と生徒が大学という施設に集まり対面で授業を行うという「オフライン」のモデルを(おそらく)何百年もの間続けてきた。今回の世界的なコロナウイルスのアウトブレイクによって期せずして世界の多くの大学が授業のオンライン化を推し進めることになったが,この経験により今後大学教育のオンライン化が世界レベルで進むことになることは間違いないであろう。教育のオンライン化が進むと教員も生徒も「学校」というオフラインのプラットフォームから,デジタル・プラットフォームに統合されていくという可能性がでてくる。Uberがライド・ヘイリングのサービスをデジタル・プラットフォームで提供して従来のタクシー業界の再編を推し進めたように,いずれ教育に特化した有力なデジタル・プラットフォームが誕生し伝統的な教育の構造を大きく変えていくことになるかもしれない。その場合,大学教育がどのようなものになるか,少し想像をしてみよう。

 まず従来の「大学」の制度そのものの意義が薄れてくるであろう。Uberのプラットフォームが運転手と利用者を結びつけるように,教員と生徒はデジタル・プラットフォームによって結びつくようになる。教員は専門性の観点から,そして生徒は何を学びたいかによりプラットフォームを選ぶ。良い教員を抱えるプラットフォームに生徒は集まり,生徒が増えると教員の数も増え科目の幅と深さが増す。それによってさらに生徒がふえるという,いわゆるクロス・サイド・ネットワーク効果が生まれてくる。そのため成功するプラットフォームは一気に巨大化する可能性がある。第二に,生徒の経済的・時間的負担が大きく減ることになる。まず学校施設などの固定資産を維持しなくてよいので授業料は格段に安くなる。収穫逓増の法則が機能するからだ。またスマホなどのデジタル・デバイスさえあれば受講できるので,忙しくて学校に通うことができなかった人たちなどに学びの場が提供されることになる。第三に,取引コストが格段に低くなる。講義や講師の評価は透明性が高くなるのでよい講義や講師を探す手間と不確実性が大幅に少なくなる。また生徒は莫大な授業料を払わなくてよいので興味のない授業に最後までコミットする必要がなくサンクコストが少なくてすむ。第四に,大学の入試選抜への考えが変わる。これまで多くの大学では「入試」という制度によって学力の高い生徒を選別する方法がとられてきた。これは入学できる生徒の定員が物理的に決まっているという制約があることが大きいが,デジタル・プラットフォームには定員制約がない。つまり入試では選抜されなかった人たちも教育を受けることが可能になり,いわゆる教育の「ロングテール・モデル」化が進むことになる。第五に,教育の国際化が一気に進む。わざわざ留学しなくても海外の有名な先生の授業を受講することが可能になる。教育はこれまで国や地方自治体などの行政単位や法制度の枠組みによって規定・規制されていたが,デジタルの世界には国境がないのでグローバル化が進展する。これにより,これまで学習の機会の少なかった発展途上国の若者にも教育機会が与えられることになり教育の「民主化」が世界レベルで進展することになるだろう。最後に,教育はデジタル記録媒体との親和性が比較的高い。大学の講義において,教科書に既に書かれていることや標準化された講義内容はビデオ・オンデマンドで利用することが可能だ。さらに突き進めばA.I.に標準的な講義を代替させることも可能かもしれない。それにより教員はより多くの時間をディスカッション形式の授業に割けるようになるであろう。

 今回のコロナウイルスのアウトブレイクは多くの学校にオンライン授業を強いる結果になったが,これを「非常時における一時的な代替」と考えるか,デジタル経済における「非可逆的な進化」と考えるか,現状では意見はわかれるかもしれない。しかし長期的には,世界が今回の経験をもとに,確実にe-Learningを進展させる方向に動くことは間違いない。教育はオンライン化が遅れている(おそらく最大の)産業であるからだ。実際,中国やアジアの有力大学では数か月前からオンライン授業を始めている。この流れに乗ることができなければ日本の大学は教育のデジタル化の面で後れを取ることになる。私は対面授業の教育効果を強く信じる人間であるが,今回の経験を通じてオンラインの授業の潜在性を感じる機会を得た。伝統的なオフラインの教育モデルとオンラインの教育モデルがどのように役割を補完しあい共存していくべきなのか,そしてそれを調整する持続可能なガバナンスの仕組みをどのように築いていくべきなのか,この機会に将来の大学教育のありかたについてもっと議論が深まっても良いように思う。とりあえずやってみることが重要である。続けるかどうかは後から考えればよい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1683.html)

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