世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
思惑外れるトルコのシリア介入
(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)
2020.03.02
アサド政権勢力は連日反政府勢力最後の拠点イドリブ奪取を目指す作戦を進め,シリア内戦が再び激化している。日本でも久しぶりにシリア関係の報道を目にすることが多くなった。繰り返し報道される「人道危機」よりも深刻な危機が現在進行中である。アサド政権勢力とトルコ軍が直接的に交戦する事態が日常になろうとしている。アサド政権勢力がトルコ軍部隊を砲撃し,トルコ軍がそれに猛反撃を加えるという形式で,両軍は事実上の戦闘状態に入っている。
今回の発端はアスタナ合意の事実上の崩壊にある。トルコとロシアは2017年のアスタナ協議において,トルコ軍によるイドリブ地域の治安維持とテロ組織排除と引き換えに,アサド政権勢力によるイドリブ作戦の棚上げを合意した。しかし,トルコは反政府勢力の統制に失敗した。停戦成立後,トルコが直接指導する「祖国解放戦線」といったいわゆる「穏健派」勢力と,元アルカイダの旧ヌスラ戦線側勢力は激しい戦闘を繰り返した。筆者はこれを「イドリブ内戦」と呼んでいた程,イドリブは内戦中のシリアにおいて最も混乱していた。エルドアンは結果的にプーチンとの協定破りの既成事実を次々と積み上げていった。そもそもプーチンは初めからトルコ軍がテロ組織を排除できないことを知っていてこの協定に調印したに過ぎない。この停戦自体プーチンが得意とする詐術であった。ロシアの友好国であるアサド政権勢力とその敵対国トルコ双方の利益を守ることは,矛盾そのものであり実現不可能だ。ロシアは敵対するNATOの輪を乱すためにトルコに近づいたに過ぎなかったのである。ロシアはトルコによるテロ組織排除が失敗したなら,アサド政権による対テロ作戦もやむなしと攻勢を後押しする。アサド政権はもはやトルコ軍が出てきても退くことはない。
反体制派勢力が後退しトルコ軍が直接戦闘に参加するという事態は,過去に繰り返されてきたパターンだ。最初は子分を使いそれが上手くいかないと本体が出てくるという構図である。トルコは北シリアにおいてクルド勢力の拡大を阻止するため,イスラム国を非公式に支援し,傘下の反体制派勢力を傭兵として使ってきた。2016年反体制派勢力はクルド勢力排除のため兵を起こしたものの,無様に敗北した上にその戦闘員の死体を衆人環視に晒されるという屈辱を受けた。それ故,トルコ軍はイスラム国掃討を名目に同年夏シリア領侵攻作戦「ユーフラテスの盾」を発動した。また2018年初頭にはクルド勢力排除を公言し北シリア西部のアフリンに侵攻した。イスラム国は2018年に壊滅し,ユーフラテス川以北のシリア領全域がクルド勢力の支配下に入った。手ごまが消滅したトルコ軍は昨年10月にユーフラテス川東岸地域へ侵攻を開始するに至った。今回も流れは同じであるが,トルコが対峙する勢力に大きな違いがある。クルド勢力は国際的に支持されているものの,所詮は一介の武装勢力に過ぎない。アサド政権勢力は欧米勢力と敵対するもののシリアの合法的政府を率いている。アサド政権勢力との戦闘拡大は即ちシリア国家との戦争へつながる。トルコはシリア人にとって唯一の守護者を気取っているが,戦争に疲れ果てたシリア人を軍事介入による戦火拡大で更に長く苦しませる結果になっている。
シリア内戦でアサド政権に次ぐクルド勢力は今回のイドリブ攻勢において部外者であるが,重要なファクターに変わりはない。トルコ軍はイドリブに隣接するアレッポにおいてアサド政権勢力と同時にクルド勢力にも砲撃を加えている。反体制派系メディアはクルド勢力が部隊をアレッポ方面に送っていると報じた。一方のクルド勢力は報道官がイドリブ攻勢への参加を拒否する声明を出している。クルド人はここ数ヶ月の情勢変化を,アサド政権へ政治攻勢を開始する好機到来と見なしている。シリアのクルド勢力の指導者サリフ・ムスリムは今年始めのイランの革命防衛隊司令官ガーセム・ソレイマ二の殺害でアサド政権の力は弱まるとの分析を披露していた。アサド政権勢力とトルコ軍の戦闘激化はクルド勢力を大きく利する。クルド勢力はシリア国家内における合法的位置づけを求めてきた。しかし,アサド政権としてはアメリカの支援を受けるクルド勢力をどうしても認めるわけにはいかなかった。シリアがトルコと全面戦争ということになれば共闘は不可避となる。既に昨年シリア国防省はクルド勢力をシリア軍に統合すべきとの声明を発表している。エルドアンの場当たり的行動の連続は,最大の敵であるクルド勢力の露払いになってしまっているのである。
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