世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1520
世界経済評論IMPACT No.1520

マイクログリッド in NY

橘川武郎

(東京理科大学経営学研究科 教授)

2019.10.28

 2019年8月に,アメリカ・ニューヨークで,マイクログリッドにかかわるヒアリングと施設見学を行う機会があった。マイクログリッドとは,既存の大規模発電所からの送電電力にあまり依存せずに,独自のエネルギー供給源と消費施設をもつ小規模なエネルギー・ネットワークのことである。分散型エネルギーシステムの一形態と言える。

 ニューヨーク市ブルックリン区にあるナショナル・グリッド社で聞いた話によれば,最近,ニューヨーク州では,マイクログリッドに対する関心が高まっているそうだ。そのきっかけとなったのは,2012年に大嵐「サンディ」が同州で,長期にわたる広域停電を引き起こしたことである。その時の経験から,主として電力供給網の強靭性(レジリエンス)確保の観点から,マイクログリッドの価値が見直されたのだと言う。

 関心の高まりを受けてニューヨーク州は,「マイクログリッド・コンペティション」を実施し,このコンペに合格した事業者に総額4000万ドルの補助金を支給することにしている。コンペは実現可能性,設計,実装の3段階に分けて行われ,実現可能性段階では1件10万ドル,設計段階では1件100万ドル,実装段階では総額2000万ドルの補助金が支給される。この制度もあって,ニューヨーク州は,全米で最もマイクログリッドの設備容量が大きい州となっている。

 ただし,マイクログリッドを構築することは,それほど容易ではない。ナショナル・グリッド社自身がニューヨーク州北部のポツダムで,水力発電と病院・大学・ホテル・タウンホール・警察署・消防署などを結びつけてマイクログリッドの形成を試みたが,実装には至らなかったと言う。マイクログリッドには,災害時だけでなく平時でも経済効果をあげることが求められ,コスト面からそれをクリアするのは困難なのだそうだ。

 一方,ミドルマンハッタン西部で進行中の大規模再開発であるハドソンヤードにおいては,平時の経済効果という課題が達成され,マイクログリッドが導入された。ザ・リレーテッド・カンパニーズとオックスフォード・プロパティーズによる複合用途の大規模不動産開発であるハドソンヤードの面積は,約11haに及ぶ。目を引くデザインの真新しい高層ビルが次々と姿を現し,通称「ベッセル」と呼ばれる8階建てのビル程の高さのある階段状の巨大な遊歩道には,人があふれる。中心部にある商業ビルも賑わいをみせ,ハドソンヤードはニューヨークの新しい観光名所となっている。

 そのハドソンヤードでは,天然ガスコジェネを使って,電気・温水・冷水を供給するマイクログリッドが稼働している。発電機等の必要設備は,商業ビルの最上階に設置されている。地下が,大規模な鉄道の操車場となっているためだ。

 ハドソンヤードのマイクログリッドは,外部の送電線とはつながっているが,それへの依存度は低い。送電線からの独立性が高い点では東京・六本木ヒルズ地区の地域冷暖房に近く,面的な開発となっている点では東京ガスによるムスブ田町プロジェクトに近い印象だ。

 東京やニューヨークの中心部に次々と登場するマイクログリッドは,分散型エネルギーシステムの時代の到来を告げている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1520.html)

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