世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1482

グローバルな直接投資(FDI)フローの減速をどう見るか

西口清勝

(立命館大学 名誉教授)

2019.09.16

 途上国経済のみならずグローバルな直接投資(以下,FDIと略記)と多国籍企業に関しても世界的な研究センターである国連貿易開発会議(以下,UNCTADと略記)の事務局長であるムキサ・キツイ氏が,2019年8月5日に,近年のグローバルなFDIフローの減速を深刻に懸念し,その再活性化をG7指導者に求めるメッセージをUNCTADのホーム・ページに公表した(Kituyi, Mukhisa, “Reigniting investment flow”)。途上国の工業化や経済の多様化,構造改革の促進のみならず,国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための責任ある立場にもある彼が,そのために中心的な役割を果たすと期待しているFDIフローの近年の減速は憂慮すべき事態であると判断して行動を起こしたことは十分に理解できることである。

 そこで,小論ではこのFDIフローの減速を取り上げる(FDIストック[残高]の減少については,「きしむグローバル化:直接投資残高10年ぶり減」として『日本経済新聞』2019年8月25日付が取り上げている)。UNCTADのWorld Investment Reportの最新版(2019年版)を主たる資料として用いて,まず,グローバルなFDIフローの現状について概観する。次いで,その減速を惹起している原因についてふれ,今後の趨勢について予測してみたい。

 2018年のグローバルなFDIフロー(正確にはFDI Inflow,つまりFDIの流入ないし受入額で表示)は前年比で13%減少し,前年の1.5兆ドルから1.3兆ドルへと低下したのみならず,これで3年連続の減少を続けている(2015年20.3兆ドル➡2016年19.1兆ドル➡2017年15.0兆ドル➡2018年13.0兆ドル,と推移している。UNCTAD, op.cit., p.18)。地域別に見てみると,先進国へのFDIフローは前年の7,590憶ドルから27%も減少し5,570憶ドルとなり2004年以降で最低の水準に落ち込んだ。なかでもヨーロッパへのFDIは3,840憶ドルから1,720憶ドルへと半減した。他方,途上国へのFDIは前年の6,910憶ドルから2%増加して7,060憶ドルとなった。また,移行経済へのそれは28%減で340憶ドルであった。この結果,グローバルなFDIフローの内訳は先進国が5,570憶ドルで42.9%,途上国・移行経済が7,400憶ドルで57.1%,と後者が前者を上回ることになった(ibid., pp.2-4)。

 2018年のFDIフローが減少した主たる原因は明らかである。それは,米国多国籍企業が海外から投資収益を本国に帰還させたためであって,その背後には2017年に米国で導入された税制改革が大きく影響している(「米国2017年税制改革法」の内容は実に多岐に亘るが,ここで関係するのは,それまで米国多国籍企業が海外子会社から投資収益を帰還させた場合に行われていた課税を原則廃止したことである)。米国多国籍企業が収益を本国へ帰還させたことで最大の打撃を受けたのは先進国(特に,ヨーロッパ)であり,先進国のFDIフローは4分の1以上も減少し,2004年以降最低水準にまで落ち込んだことはすでにふれた通りである。

 UNCTADの投資促進局(IPAs: Investment Promotion Agencies)サーベイによる予測に沿って(ibid., pp.13-17),今後の趨勢の予測に進もう。短期的には,つまり2019年のFDIフローの予測では,前年比で10%程度増加しほぼ1.5兆ドルへと回復するだろうと見られている。その原因は2018年の先進国のFDIの水準が異常なほど低かったが,その背後にあった米国の税制改革の効果が減少していくものと考えられているからである。このようにFDIフローは上昇に転ずるが,その増加が限定的であることもまた予測されている。というのは,一連のリスク要因—地政学上のリスク,貿易摩擦,保護主義の台頭,マクロ経済指標の悪化,等-に加えてFDIフローの長期的趨勢が,UNCTADの表現を借りればanemic(弱体化している)と認識されていることがある。そのことは,税制改革や大規模投資案件,浮動的な資金フローのようなone-off(単発あるいは一時的)要因を除くと,グローバルなFDIフローの年増加率は,1990年代は21%増,2000-2007年は8%増であったのに対して,グローバル経済危機(2008年)後は僅か1%増に停滞していることで裏付けされている(ibid., p.15)。

 UNCTADは,FDIフローの長期的趨勢を決める要因として,①政策的要因(外資に対する規制的で制限的な政策の台頭),②経済的要因(FDIの利益率の低下)および③経営的要因(デジタル技術採用による有形資産[tangible assets]から無形資産[intangible assets]と軽量資産[assets-light]へのシフト)の3つを挙げている(ibid., pp.14-16)。われわれは,この中で③経営的要因,換言すればグローバル経済のデジタル化という構造的変化とその担い手たるデジタル多国籍企業がそれまでの製造業多国籍企業に代わって台頭してきたことこそが,グローバル経済危機後現在までグローバルなFDIフローが減速してきた根本的な原因であり,この趨勢は今後とも継続するものと考える。

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