世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「自由主義モデル」と「競争国家モデル」の並走から「情報国家」の蠢動へ
(立命館大学 名誉教授)
2019.08.19
アメリカンヘゲモニーの下で国家の姿をできるだけ後景に退けて,市場原理を発揚させてグローバル化を推進しようとした「自由主義モデル」の流れは,それに対して自国企業の伸張と経済成長を目指す新興国・途上国の「競争国家」路線の厳しい抵抗と対抗にあってきた。そして今日,アメリカンヘゲモニーの後退によって,「競争国家モデル」は勢いを増してきている。その代表格の中国の力は,低労働コストを武器にした労働集約財ばかりでなく,「自主創新技術」の開発を軸にした先進技術の開発によって大きく変貌し,「中国製造業2025」によって,先進国への仲間入りは無論のこと,それを越えて,やがては世界の最前線に躍り出ることを目指している。と同時に,「一帯一路」構想に基づくユーラシア大での経済開発と経済交流を図り,グローバル化の新たな中心に座ろうとしているかに見える。それに沿った軍事力の強化も着々と進めている。それは確かにこれまでのアメリカ主導のグローバル化の流れに大きな波紋を投げかけている。
なるほど,IT産業などの高度先端産業のグローバルな展開と興隆は,その生産工程と業務を分割し,グローバルスキャニングによって,労働,原材料,部品,資金,研究開発,販路等の最適場所を選び,委託生産(OEM)や業務委託(オフショアアウトソーシング)などの企業間提携の方法を利用して,実際の労働過程の多くを途上国が担い,先進国企業はファブレス化して,モノ作りから卒業し,ブランド力を活用した販売活動や知財手数料収入から多くの利益を得る方向へと大きく旋回した。さらにそれを超えてIT化・情報化・知財化に基づく知識主導型の新たな枠組みを作り上げてその主導権を握り,その下に工業化を達成した新興国・途上国を包摂しようとしてきた。そこではアメリカンスタンダードをグローバルスタンダードの中核におこうとする巧妙な企てが埋伏されていて,国際機関などでのアメリカの圧倒的なパワーがその実現を後押ししてきた。
だが,その手法も適わない時期が近づいてきている。GAFAに代表される情報産業の大繁栄と金融王国の蟠踞とは裏腹に,アメリカ巨大製造企業の海外進出の煽りを食った,積年のアメリカの国内空洞化と中間層の貧困化は,益々深刻の度を深めている。加えて,ドイツの「インダストリー4.0」に代表される製造活動とIT化・情報化・知財化のドッキングの動きは,グローバルスタンダードの確立を大きく目標に掲げて,アメリカンスタンダードの世界に挑戦し始め,他の先進諸国もそれに倣おうとしている。そのなかで中国はこうした先進諸国の亀裂につけ込んで,選別的な技術導入と自国技術との合体による,競争力の強化を目指していて,いわば漁夫の利を得ようとしているかのようである。
トランプ政権の,一見支離滅裂かつごり押し的に見える貿易戦略は,これを単に自国のモノとサービスの保護と拡大を目指すものとしてだけとらえていては本質を掴めないだろう。対中貿易交渉の過程を見ていると,一見中国の保護主義を攻撃しているように見えるが,その実,中心は中国によるアメリカの枢要軍事技術の「盗み取り」への懸念にあり,そうすると,貿易から投資に,そして高度技術の掌握,それも最先端の軍事技術の獲得へと問題は繫がっていく。したがってこれをトランプ政権の対中,貿易・投資・技術一体となった対抗戦略とみた方が適切だろう。そしてそれを後押しする勢力が国内にはある。
さらにアメリカは単なる防衛的な対抗策から,蓄積してきた厖大な情報を基礎にした一大「情報帝国」へ脱皮し,軍事力のみならず,経済力においても再び栄光を取り戻そうと目論んでいる。インド洋と太平洋の両者に跨がる「自由で開かれたインド太平洋戦略」(FOIP)は,インド洋と太平洋を結び,中東を含むアジアとアフリカを両睨みする,これまでの「シー・バトル戦略」の新たな展開であり,それは2020年に創設予定の「宇宙軍」とも関連している。そこでは通信の新規格(5G)の主導権を握り,それを宇宙空間にも広げて,軍事にも最大限ーとりわけテロとの戦いーに利用するドローン偵察機や無人攻撃機が跳梁する世界の出現である。それは軍・産・情報複合体(MIIC)に繋がるものだが,その見通しはけっして明るくはない。民間情報を握るGAFAと軍事的に利用したいアメリカ政府との関係は必ずしも良好ではないからである。両者は同じ方向を向いてはおらず,両者の確執が目立っている。さらにもっとも大事なことは,個人情報の侵害につながらないかという懸念である。その点では問題は中国やロシア,あるいはトルコや中東諸国などにも同根の懸念が広がっている。こうした情報国家への掣肘は,世界中の草の根の民の力の増大にある。とすると,民主主義のより一層の発展・高揚が求められてくる。
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