世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1340

タイ・マレーシアへの中国鉄道インフラ投資:その明暗や如何に

茂木 創

(拓殖大学国際学部 教授)

2019.04.15

 タイ国鉄は,そのほとんどが非電化(ディーゼル)区間である。国民は,時間に不正確な鉄道よりも,乗用車,航空機を使用することが多いという。しかし,都市部の環境悪化(道路渋滞,空気汚染,騒音)や人口増に伴う都市の拡大から,電化への期待は高い。電化に伴う設備費用さえクリアできれば,1車両・1マイルあたりのメンテナンス費用,燃料費用,線路摩耗費用などは,ディーゼル車よりも電車の方が低廉であるともいわれている。

 これまで日本は,タイ政府との間で,バンコクとタイ北部チェンマイ間の高速鉄道敷設計画を進めてきた。しかし,2018年2月に合弁案が暗礁に乗り上げると,先行き不透明のまま今日に至っている。

 こうした中,現在タイ政府は中国と協力し,バンコクから北部に向かう高速鉄道を建設中である。2019年現在,バンコクから約260㎞北に位置するナコンラチャシマ県の間での高速鉄道線建設が進んでおり,同時にこの区間の在来線の複線化も行われているという。この線路の先にはラオス,さらに先に中国がある。

 陸のシルクロード。

 中国の鉄道インフラ投資を見れば,一帯一路の深慮遠謀をうかがい知ることができる。

 バンコクから目を南に転じてみるとどうだろうか。

 筆者は2019年2月,バンコク・フアランポーン駅から非電化の鉄道を使って南下し,国境の街パダンブサールを経由してマレーシアに入り,そこから高速鉄道にてバターワース,イポー,カンパー(カンパール)などの主要都市を回った。パダンブサールからクアラルンプール(KLセントラル)を経由してゲマスまでの西海岸線(約600㎞)はすでに電化が完了しており,ネットで販売される乗車チケット(切符)は,当日券が買えないほどの人気である。

 マレーシアのゲマス以南の西海岸線,および東海岸線は,依然として非電化区間であるが,クアラルンプールからゲマスを経由してシンガポールに至る西海岸南部の高速鉄道線の敷設については,2010年にナジブ首相によって発表され,2016年に調印もされた。発表当時は,胡錦涛国家主席によるトップセールスなどもあり,中国式の高速鉄道が落札されるのではないかとの見方が大勢を占めていた。

 しかし,2018年5月に発足したマハティール政権によって,中国企業の植民地主義的なインフラ投資に対して計画の見直しが進められている。2019年1月には,中国交通建設が受注していた総事業費810億リンギット(約2兆1500億円)におよぶ東海岸鉄道計画も見直し対象となった。

 マハティール政権が,国内における中国の一帯一路に関連する主要事業計画を,次々と停止ないし見直し対象にしている背景には,中国寄りであったナジブ政権との違いを明確にすることで,国内にいる華人からの政権支持を取り付けたいという意図があるといわれている。もちろん,理由はそれだけではない。政権奪取とともに引き継いだ1兆リンギ(約28兆円)ともいわれる債務の処理が待ったなしの状況にあるからである。緊縮財政を余儀なくされているのである。

 マハティール政権の発足によって,中国の一帯一路の思惑が阻止されたかに見えるマレーシア。これは,先に挙げたタイとは対照的に見えるかもしれない。しかし,インフラ・プロジェクトが凍結されても,中国企業は依然としてマレーシアにおいて存在感を増し続けている点は注意しなければならない。その理由は2点挙げられよう。ひとつは,中国の自動車メーカー吉利のプロトン買収(2017年)などに代表されるM&A投資の増加である。主要産業の買収によって,部品供給などを通じた間接的な中国依存が高まっているのである。

 もう一つは,マレーシアの恒常的な労働不足という問題である。日本の約9割の広さの国土に3,200万人しかいないため,産業は外国人労働に依存せざるを得ないのが現状である。政府はブミプトラの積極的な採用を推進しているものの,インドネシア,ネパール,バングラディシュ,ミャンマー人などの不法労働が後を絶たない。中国企業の中には,こうした不法労働を採用しているものものあるという。違法ながらコストダウンを図ることができるので,中国企業の競争力が相対的に高まっている。これを規制,取り締まるのは極めて難しいのが現状である。

 東南アジアにおいては,シンガポール,ブルネイに次いで1人当たりGDP第3位のマレーシア。1990年代から始まった「WAWASAN(ワワサン:vision)2020」では2020年に先進国入りを目指すとされていたが,それが2029年に修正された。緊縮財政を行いながら経済成長を実現しなければならない。その相克にどう臨むのか,中国のインフラ投資に待ったをかけたマハティール首相の政策手腕が試されている。

 中国は,一帯一路の名の下,タイ,マレーシアだけでなくアジアへの鉄道インフラ投資を積極的に推し進めている。受け入れて発展するか,拒否して別の道を模索するのか,他のアジアの国々にも決断の時が迫っている。

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