世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
統計に関する国民の基礎知識低下と厚労省不適切統計調査問題
(高崎経済大学 名誉教授)
2019.04.15
厚生労働省の「毎月勤労統計調査」問題を端に,政府基幹統計56のうち23基幹統計から不適切調査が惹起した。私は立命館大学地理学教室や高崎経済大学地域政策学部などで今日まで約50年間,統計と地図を基本資料に地理学やその応用である地域政策学の研究・教育に従事している。その間の30年前に高校の地理が必修でなくなり,多くの国民が統計の基本を学ぶ機会を喪失した。その結果,統計の意義や統計法の存在を認識する国民が激減し,前例に基づく作業を淡々とこなすだけの統計担当職員の存在もなしとはいえず,いずれ今回のような不適切統計調査問題が惹起するのではとの懸念を抱いていた。
高校地理必修の時は,統計に関する基本的知識と統計の読み方や簡単な分析手法を高校で修得して大学へ入学してきた。そのため,人口には国勢調査だけでなく住民基本台帳に基づく人口など複数の統計があることを認識し,利用目的に適した統計を使用する心構えがあった。また,基本的注意をすることで,学生はその統計の調査・作成方法を確認し、当該統計の信頼度を理解した統計利用ができた。しかし,20年前ごろから高校で統計に関する基礎的教育を受けない学生たちが増加する他方で,インターネットの普及により各種のデジタル統計情報が簡便に入手可能となった。また,統計分析ソフトや統計から地図を作成するソフトが普及し,懸念すべき現象が出てきた。
統計はその作成目的や調査方法,サンプル数などによって精度や信頼度などは変化する。そのためそれらを確認して,調査目的に適合する統計を利用することが求められる。しかしそうした確認を行わず,インターネットで得た出所不明統計を疑問なく利用・分析し,データの真偽より統計分析ソフトの活用方法やアウトプットされた地図の出来映えに重点を置く傾向が強くなった。また,その結果を活用する人たちも,使用統計の適否を確認することなく、結果の数字にのみ関心を示す傾向が強くなっている。その結果,次第に社会全般に,公表数字に何ら違和感を持たず信用する人が増加し,不適切な数字の流布が懸念されるようになった。
情報社会の現在,様々な場面で多種多様なアンケート調査が行われ,それに基づき統計が創られる。しかし,統計調査の基本的知識・手続きなしに恣意的に調査していると思われるものが多くなっている。悪意を持って統計を作成・利用することで,多くの人々の行動を制御することも可能となることに留意する必要がある。
国勢調査や毎月勤労統計調査,経済センサスなどの政府基幹統計は国や地域の政策立案の基礎資料になるものである。しかし,たとえばプライバシーの保護を理由に,国勢調査に非協力的な人々が毎回増大している。これは国民一人一人の生活に直結している政府基幹統計の存在意義を理解しないためであろう。他方で,GAFAに代表されるプラットフォーマーやスマホやクレジットカード,プリペードカードの利用を通じて、個人情報が集積され,ビッグデータとして活用される現実には無防備な人々が多い。
こうした状況を踏まえ,地理学関係者はこの30年間,高校地理必修化を要望してきた。その結果,次期学習指導要領から「地理総合」が必修化することになった。しかし,過去30年間に地理の教員が激減し,統計の基本知識やその利用方法について教育できる高校地理教員が大幅に不足している。さらに深刻なのは,30年間の高校地理教員需要減や大学予算の減額等から停年を迎えた地理教育担当大学教授の後任が補充されず,中等教育における地理教員養成機能が弱体化し,その再構築が難しいことである。
厚労省の不適切統計調査は,雇用保険や労災保険などの算定に影響したことや政府の問題対処の仕方で政治問題化した。しかし,問題の背後には多くの国民が意識せず来た構造的教育問題とそれによる国民の地理的知識・統計認識の低下がある。統計と地図は国のかたちを創り、育てるための基本であり,国政を考える際の基本データとなる。そのため統計問題の惹起は国政の停滞や国際信用を失墜させるなど多方面に与える影響をもたらす。そのことを考慮して,国民が統計に関する基礎知識を修得する機会を拡充しない限り,今回の統計問題の根本的解決にはならない。政府は教育システムの充実にもっと目を向けるべきである。
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